年金記録問題から学ぶ:問題の先送りは事態を悪化させる

「年金記録問題」が世間を騒がせています。一年以上も前に書いたブログ『年金個人情報提供サービス:年金加入状況は郵送で知らせるべき』にも、毎日いくらかのアクセスがあるのですが、ここ最近は更にアクセス数が増えています。

どうやら、肝心の「社会保険庁」のホームページにアクセスが集中して繋がりにくい状況にあり、その「おこぼれ」で作者のブログのアクセス数も増えているみたい

今回の年金問題は、行政の業務システム(データ移行)や国民との関係作りにも関係するので、本ブログでも「電子政府」の問題として取り上げておきましょう。

●社会保険庁による現状の説明と今後の対応策

社会保険庁では、次のような情報を提供しています。

年金記録問題について(2007年6月1日)
年金記録への新対応策パッケージ
あなたの年金記録をもう一度チェックさせてください(PDF)

アクセスできない人のために、書いてある内容を紹介すると、

・公的年金(国民年金・厚生年金)の加入・納付記録問題に対するお詫び
・年金記録の現状と現在起こっている問題への対応策の説明

であり、具体的には次のような内容となっています。

(1)基礎年金番号に統合されていない年金受給年齢到達(生年月日を特定できないものを含む。)の約2,880万件の記録を年金受給権者約3,000万人の記録に突合し、同一人の可能性のある受給権者に対し、その者の年金加入履歴とともに、その旨を通知し、照会の申出を勧奨する。

(2)これ以外の年金受給権者に対しても、(1)の措置終了後、その者の年金加入履歴を送付するとともに、その確認を求め、照会の申出を勧奨する。

(3)20歳以上の被保険者に送付する「ねんきん定期便」等による確認呼びかけに加え、毎回の58歳通知を行う都度、年金加入履歴の通知とともに、未統合記録への注意を呼びかけ、照会の申出を勧奨する。

(4)受給資格未達者と未統合記録との突合を図るため、市町村に対し、介護保険料納付通知書等の送付の際、未統合記録への注意と照会の申出の勧奨を呼びかけてもらうよう依頼する。

(5)未統合記録の把握を徹底するため、社会保険庁内のマイクロフィルム記録及び市町村の保有する記録とオンライン記録との突合を計画的に実施し、その進捗状況を定期的に公表する。

(6)社会保険庁側及び照会申出者側双方に記録・証拠がない場合の取扱いについての手続等をできる限り早期に策定する。

※社会保険庁や市町村に記録がない場合には、領収書等の証拠がなくても、銀行通帳の出金記録、元雇用主の証言などを根拠として、第三者委員会で判断してもらう仕組みを作ります。

(7)時効の取扱いについては、与党の検討を踏まえ、政府・与党一体となって対応する。

※5年の時効を超えた場合でも、全額お支払いできるようにする特別立法が国会に提出されています。

(8)基礎年金番号にまだ統合されていない年金記録も、大切に保管しています。

※まだ約5000万件(平成18年6月)の記録が、基礎年金番号に結びつけられていません。この未統合の記録は大切に保管されていますが、そのままでは年金支給に結びつかなくなるおそれがあります。

(9)被保険者・年金受給者の皆様には、基礎年金番号に結びつけられている加入履歴を、順次送付します。ご疑問があれば、お問い合わせください。

※5000万件の記録を、被保険者・年金受給者の記録と、突き合わせ、未統合の記録がある可能性のある方には、お知らせします。

お電話でのお問い合わせ
「ねんきんダイヤル」0570-05-1165
(6月25日からはフリーダイヤル0120-657830 ロウゴナヤミゼロ)

インターネットのID・パスワード方式による年金加入履歴の取得
http://www.sia.go.jp

「ロウゴナヤミゼロ」には、何とも苦笑ですが

●年金記録問題の整理:5000万件に含まれない「消えた年金」

ここで少し問題を整理しておきましょう。

まず、新聞やテレビで言われている「約5000万件(平成18年6月)の年金記録」ですが、

これは、社会保険庁が旧来の年金番号のまま管理している年金記録であり、「持ち主」が確認できないものが5000万件以上あるということです。

5000万「件」であり、5000万「人」ではないので、注意しましょう。

また、これから払う国民年金等については、「持ち主不明」となることは、あまり無い(可能性はある)でしょう。

関連>>Yahoo!ニュース – 年金問題あなたの年金大丈夫ですか? – 年金に関する情報や主張(民主党)年金記録問題について(公明党)

問題のある年金記録を分類すると

★1:「持ち主不明」の年金記録で、原簿が残っているもの

原簿(元データ)と年金記録を照合すれば持ち主がわかるので、時間と費用がかかりますが、それほど問題はないと言えます。

基本的には、本人が関与することなく、社会保険庁側の作業だけで解決できるからです。

5000万件の記録のうち、大部分がこれに該当するようです。

厚生年金に関するデータは、社会保険庁がマイクロフィルムで保存しているので、国民年金に加入したことが無い人は、これに該当する場合が多いでしょう。

対応としては、「年金受給者」や「近日中に年金受給者となる人」など実質的な被害者を優先しながら、早急な記録の修正が必要となります。

★2:「持ち主不明」の年金記録で、原簿が残っていないもの

こちらは、★1と異なり、「持ち主」を探し出すことが非常に困難となります。

本人の協力が無ければ、解決が難しいからです。

こちらも5000万件の記録に含まれますが、★1に比べると少数のようです。

国民年金の原簿は、古いデータについては保管せずに処分してしまっている自治体も多いので、国民年金に加入したことがある人は注意が必要です。

対応としては、被保険者(国民)に対して加入・納付の記録(履歴)を送付し、内容を確認してもらうことが必要です。社会保険庁側でも、該当者と思われる人に目星をつけて、郵送や訪問等で確認作業するといった努力が必要です。

「年金受給者」や「近日中に年金受給者となる人」など実質的な被害者を優先するのは、★1と同様ですね。

★3:年金記録(加入・納付)は無いが、原簿が残っているもの

「基礎年金番号」への移行作業の過程で、誤って別人のものを統合したり、入力ミスで納付したのに未納付とされるケースです。

これは5000万件の記録に含まれません。

本人からの申し出がないと問題が発覚しにくいのですが、原簿が残っているので、照合作業により修正が可能です。

対応としては、やはり被保険者(国民)に対して加入・納付の記録(履歴)を送付し、内容を確認してもらうことが必要です。社会保険庁側では、本人からの申し出を受けた上で、誠意ある迅速な対応が求められるでしょう。

★4:年金記録(加入・納付)が無く、原簿も残っていないもの

入力ミス等で納付したのに未納付とされるケースで、しかも原簿が残っていない場合です。

こちらも5000万件の記録に含まれず、まさに「消えた年金」ということになります。

また、★2と区別がつきにくいので、問題が発覚しにくいのも難点です。

対応としては、やはり被保険者(国民)に対して加入・納付の記録(履歴)を送付し、内容を確認してもらうことが必要です。

ただし、被保険者が昔の領収書等を保存しているとは考えにくいので、銀行通帳の出金記録、元雇用主の証言や帳簿などにより、納付があったことを説明する必要があります。

いずれにしても、被保険者(国民)の精神的・肉体的・経済的な負担が大きく、社会保険庁側の誠意ある対応が求められます。

●信頼回復は、情報公開と窓口での誠実な対応

年金記録問題については、以前から指摘されており、ようやく明るみに出てきたのは良いことです。

今後、社会保険庁を中心とした行政がするべきことは

・記録が残っている「5000万件」だけでなく、記録が無い「消えた年金」についても情報公開していく
・ピンチをチャンスと捉えて、誠意ある対応で信頼を回復する

この2点だと思います。

「5000万件」という数字が一人歩きするのは、電子申請の利用率「50%」と似ています。数字だけが注目されて、問題の本質がぼやけてしまうのは怖いことです。

今回の年金記録問題は良い機会ですから、「消えた年金」も含めて、膿(うみ)は全部出してしまいましょう

また、国民との接点になる窓口における対応は、今まで以上に大切になります。

例えば、次のような記事があります。

年金ミス:応対に立腹、社保庁職員殴る 日田市で逮捕(MSN毎日インタラクティブ)
殴るのは確かに悪いことですが、行政側のミスが発端で、カウンター越しに胸を小突かれた程度で警察を呼んで逮捕させるのは、ちょっとマズイと思います。

社会保険庁が、信頼の回復とブランド価値の向上を目指すのであれば、国民(お客様)の感情を理解した上で、まずは窓口での対応を改める必要があるでしょう。

少なくとも、国民と対立する図式(マスコミは喜びそうですが)は避けなければいけません。

●「ねんきん定期便」には、年金財源の運用状況等も含めるべき

平成19年3月から、年金加入記録や年金見込額などの情報を届ける「ねんきん定期便」が開始されています。

平成19年3月:平成19年4月2日以降に「35歳」になる方
平成19年12月:45歳の方と55~59歳の方
平成20年度:全ての被保険者

を対象者として、現住所に直接郵送されるものです。

関連>>「ねんきん定期便」を開始します(社会保険庁)ねんきん定期便(政府広報オンライン:ビデオ解説)

「ねんきん定期便」の実施は、以前から望まれていた制度で、今回の年金記録問題を明らかにするきっかけにもなったので、とても良いことと思います。

しかし、現在の「ねんきん定期便」には、年金財源の運用状況等が記載されません。

政府が集めた保険料が、無駄遣いされないように国民がチェックするためにも、国民との信頼関係を構築するためにも、年金財源の運用状況等については、定期的に国民に対して報告する必要があります。

「ねんきん定期便」の記載内容については、今後の改善に期待しましょう

関連>>年金積立金の管理・運用の仕組み(年金積立金管理運用独立行政法人)

●電子政府でも「問題を先送りにする」と大変なことに

政府は、「保険料を納めれば、将来年金がもらえますよ。」と言って、国民から保険料を徴収してきました。

ところが、いざとなったら年金を支払ってもらえないケースが現実にありました。

しかも、そうなることを社会保険庁は認識していた(持ち主不明の年金記録があることを知りながら、長年に渡って放置してきた)わけですから、刑法上の詐欺罪と言われても仕方がないところです。

今回、政府は「問題を先送りにする」ことで痛い目に遭いました。

電子政府にも、隠れた問題がたくさんありますが、今後は少しずつ明らかになってくることでしょう。

どうせ明らかになるのですから、先送りにしないで、早いうちに膿(うみ)を出してましょうね