米国テック企業による日本の電子政府への浸食(見えない侵略)

NHKプラスの動画配信で、「NHKスペシャル イーロン・マスク “アメリカ改革”の深層 – 」を視聴しました。これだけ見ると、めちゃくちゃ怖い内容で、マスクやトランプ政権の政府効率化省(政府効率化局)が、まるで空からやってきた恐怖の大魔王のように見えてしまいます。

NHKスペシャル イーロン・マスク “アメリカ改革”の深層 – NHKプラス
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025081003076

NHKの偏った見方は別としても、米国政府におけるテック企業による浸食(見えない侵略)は、日本の電子政府と無関係ではないどころか、まさに「今そこにある危機」なので、ちょっと重たいテーマですが本ブログで取り上げたいと思います。

 

(1)政府効率化省(DOGE)について

まず、政府効率化省について整理しておきましょう。

米国の政府効率化省(Department of Government Efficiency、DOGE、U.S. DOGE Service Temporary Organization)は、2025年に発足したトランプ政権下で設立された、大統領首席補佐官(Chief of Staff to the President)の管轄下に置かれている政府機関です。具体的には、ホワイトハウス内の大統領府(Executive Office of the President)に属しており、既存の米国デジタルサービス(United States Digital Service、USDS)を改称・再編して設立された「米国DOGEサービス(United States DOGE Service)」の一部として機能しています。

政府効率化省(DOGE)自体は、連邦政府の各省庁とは独立した一時的な組織として設計されており、2026年7月4日までの活動で解散する予定ですが、その母体である「米国DOGEサービス」は永続的な通常の政府機関として存続します。どちらも「DOGE(ドッジ)」と間違いやすいので、注意が必要です。

政府効率化省(DOGE)の活動は、技術革新に加え、規制緩和や予算削減、連邦機関の縮小といった政治的・イデオロギー的な目標が前面に出ているので、何かと批判の的になりやすいのですが、最もインパクトが大きかったのは「強力なデータアクセス権を行使して、連邦政府機関や関連団体のお金の流れを把握してしまった」ことです。

これはまさにパンドラの箱みたいなもので、政府予算に群がる既得権益層がパニックになり、政府効率化省(DOGE)やマスクに対して一斉攻撃を開始しました。こうした既得権益層には、トランプ大統領を支持する組織や既存のマスメディアも含まれています。今起きている現象は、権益争いであり同時にイデオロギー闘争でもあります。特に、イデオロギー色が強く公的なマネーロンダリング機関となっていた米国国際開発庁(USAID)は、実質的な閉鎖にまで追い込まれました。米国国際開発庁(USAID)の大幅な業務停止による実質的な閉鎖は象徴的な出来事で、既得権益層に対して「やばい、こいつら本気だ!」と思わせるものでした。

古来から「政府の実権を握るためには、予算と人事を掌握する」と言われますが、政府効率化省(DOGE)は予算と人事に加えて情報(データ)を掌握しているわけですから、その実行力は他の改革組織の追随を許しません。法的な仕組みとしては、次のような流れになっています。

1)政府効率化省(DOGE)がトランプ大統領に勧告する
2)勧告を受けて、各省庁の長官に指示する内容の大統領令を発布する
3)大統領令に従って、各省庁の長官は予算執行の停止や職員退職プログラムを実行する

NHKスペシャルでは、何か秘密裏に政府の各組織の中に政府効率化省(DOGE)の職員が紛れ込んでいるような情報操作とも言える演出をしていましたが、実際には政府効率化省(DOGE)の大統領令により、各連邦政府機関に対し、省庁内に「DOGEチーム」を設置することを義務付けています。「DOGEチーム」は、通常、チームリーダー、エンジニア、人事専門家、弁護士の少なくとも4人で構成され、「米国DOGEサービス」と連携しながら、各省庁での改革を推進する役割を担っています。

これまで行われてきた利権構造を解体するわけですから、恩恵を受けてきた人たちは死に物狂いになるでしょう。いくつか起きている政府効率化省(DOGE)に対する訴訟も、その一つです。しかしながら、連邦地裁の司法判断として、政府効率化省(DOGE)による連邦職員解雇やデータへのアクセスは適法とされており、もともと大統領令に基づくものなので、最高裁でも同様の判断が下される可能性が高いでしょう。

NHKスペシャルでも紹介されていたように、政府効率化省(DOGE)の活動は、広範なコスト削減を目標に、迅速かつ大胆な改革を推進したことで、急激な削減が混乱や訴訟を引き起こし、公共サービスの質低下や長期的な非効率性が懸念されているのは事実です。お金の流れが透明化された一方で、政府効率化省(DOGE)の活動については透明性が欠けているといった指摘(実質的な諮問委員会として機能しているが会議が公開されていないといった主張)もあります。

なお、政府効率化省(DOGE)の公式サイトでは、Xへの投稿をベースに活動状況を公開すると共に、政府が保有するデータを使って「見える化」をしています。しかし、実際には削減されたとされる費用に関するデータの公開が追いついていないようです。また、連邦政府機関の効率化の進捗を追跡する「機関効率化リーダーボード」では、保健福祉省(HHS)、一般調達局(GSA)、人事管理局(OPM)、労働省(DOL )、環境保護庁(EPA )などが節減額の大きい機関として挙げられています。

政府効率化省(DOGE)の活動の成果については、現在までに推定2020億ドルの国費を節減したと発表されていますが、現時点で適切な評価をすることは難しいので、今後の議会報告や政府監査局(GAO)の報告を待つことになります。

 

(2)米国デジタルサービス(USDS)について

政府効率化省(DOGE)の母体である「米国DOGEサービス」が改称・再編される前の「米国デジタルサービス(United States Digital Service、USDS)」とは、どのような組織で何をしていたのでしょうか。

米国デジタルサービス(USDS)は、2014年8月にバラク・オバマ大統領によって設立された大統領府(行政管理予算局)の組織で、連邦政府のデジタルサービスの改善と簡素化、ウェブサイトの機能向上などを図ることが主な目的でした。名前の通り、英国の政府デジタルサービス(GDS)の影響を受けています。

米国デジタルサービス(USDS)の設立に最も大きな影響を与えたのが、コード・フォー・アメリカの創設者であるジェニファー・パルカ氏(夫はオープンソースやWeb 2.0で有名なティム・オライリー氏)です。米国副最高技術責任者だったパルカ氏は、当時の電子政府界隈で注目されていた英国の政府デジタルサービス(GDS)に感銘して、ホワイトハウス内にエリート技術ユニットを創設する構想を推進する中で、初代責任者として元グーグルエンジニアのマイキー・ディッカーソンを迎えて、米国デジタルサービス(USDS)の設立を実現しました。

米国デジタルサービス(USDS)は、情報技術に関する連邦機関へのコンサルティングサービスを提供し、ユーザー中心の設計と技術を活用して政府サービスの効率性と信頼性を高めることを目指しました。USDSは「アメリカの人々に技術とデザインを通じてより優れた政府サービスを提供する」というミッションを掲げて、日本のデジタル庁の設立(に関わる政治家や官僚等の関係者)にも大きな影響を与えています。

米国デジタルサービス(USDS)が設立された背景には、政治的な要因が大きく関係しています。それは、オバマ大統領の看板政策であった医療保険制度改革「オバマケア」で数百万人の無保険者に医療保険を提供することを目指したものの、その中核をなすオンライン保険加入サイト「HealthCare.gov」が、2013年10月1日の開設直後から深刻な技術的失敗に見舞われ、政権を揺るがす一大事になったのです。まさに、米国政府版の「デジタル敗戦」です。

鳴り物入りで始まったHealthCare.govは、国民がオンラインで民間の医療保険プランを比較・検討し、補助金資格を確認した上で加入手続きを完結できるというウェブサイトでしたが、開設初日からサイトへのアクセス不能、登録プロセスの不具合、不正確なデータ連携などにより即時崩壊したのです。

HealthCare.govの失敗は、単純な技術的エラーによるものではなく、複数の要因が複雑に絡み合った結果で、不十分なプロジェクト管理とリーダーシップ、旧態依然とした開発手法、大規模で複雑すぎるシステム、不十分なテストとインフラの問題、政治的圧力と責任のなすりつけ合いなどが要因として挙げられています。「これって日本の電子政府のことでは?」と思ってしまうぐらい既視感がありますね。

The Failed Launch Of www.HealthCare.gov
https://d3.harvard.edu/platform-rctom/submission/the-failed-launch-of-www-healthcare-gov/

Healthcare.gov:
CMS Has Taken Steps to Address Problems, but Needs to Further Implement Systems Development Best Practices
GAO-15-238
Published: Mar 04, 2015. Publicly Released: Mar 04, 2015.
https://www.gao.gov/products/gao-15-238

HealthCare.govの深刻な事態を受けて、ホワイトハウスは、GoogleやOracle、Red Hatといった大手テクノロジー企業からトップレベルのエンジニアを招集しました。この時の救助チームに参加したのが、後の米国デジタルサービス(USDS)の初代責任者となるマイキー・ディッカーソン氏(Google)でした。

精鋭チームにより、インフラの増強やソフトウェアの改修が昼夜を問わず進められたことで、HealthCare.govは数週間で大幅に改善され、サイト開始から約2か月後の11月末までには多くのユーザーが問題なく登録できるようになりました。最終的に、翌2014年4月の申し込み締め切りまでに当初の予想を上回る人数が保険に加入して、オバマケア自体は何とか破綻を免れました。オバマケアは、保険料の上昇や制度の複雑さといった問題点があるものの、無保険者を大幅に削減したことは評価されています。

HealthCare.govの失敗を契機として設立された米国デジタルサービス(USDS)は、技術者、デザイナー、データサイエンティスト、プロダクトマネージャーなどのトップクラスの専門家を集め、連邦機関と協力してデジタルインフラの近代化やユーザー体験の向上に取り組みました。実際、退役軍人省や社会保障庁、IRSなどの機関でのウェブサイト改良や、COVID-19ワクチン配布のためのツール開発など、具体的な成果を上げています。

トランプ政権の「米国DOGEサービス」が規制改革や無駄の削減を重視しているのに対して、米国デジタルサービス(USDS)は、ユーザー体験の向上やサービス改善を重視していると言えます。この方向性の違いは大きく、「米国DOGEサービス」への改編後に数十人の職員が解雇されて、それを追う形で20人以上の職員が辞職しています。

 

(3)テック企業による電子政府への浸食

さて、ここからいよいよ本題に入ります。

米国デジタルサービス(USDS)は、既存システムの簡素化を進める過程で、時代遅れで複雑なレガシーシステム(例:COBOLベースのシステム)をクラウドベースのソリューションやモジュラー設計に置き換え、システムの複雑さを軽減していきました。退役軍人省(VA)の医療予約システムや年金申請プロセスのデジタル化も、その一つです。Veterans.govの改良により、オンラインでの申請時間が短縮され、ユーザー満足度も向上しました。

また、技術人材の活用として、グーグル、マイクロソフト、アマゾンなど民間企業出身の専門家を短期間雇用し、技術的専門知識を政府に取り入れています。これにより、従来の政府ITプロジェクトの遅延や非効率性が軽減しました。

米国デジタルサービス(USDS)の一時的雇用モデルは、「ツアー・オブ・デューティ」と呼ばれる短期間(1-2年)の雇用契約で、恒久的な組織拡大や人件費の肥大化を抑制する効果がありましたが、その一方で、米国デジタルサービス(USDS)が大手テック企業の一時出向先のようになっていきました。

Amazon(特にAmazon Web Services、AWS)やGoogle(Google Cloud)は、米国デジタルサービス(USDS)の活動において重要な役割を果たしてきました。連邦政府の情報システムやデータベースの近代化を推進する際に、民間企業のクラウド技術を積極的に活用し、特にAWSとGoogle Cloudが主要なクラウドベンダーとして関与しています。例えば、退役軍人省(VA)のVA.govやHealthCare.govのバックエンドインフラは、AWSのクラウドサービスを利用しています。

AWSは、米国デジタルサービス(USDS)のDigital IT Acquisition Training Program(DITAP)を通じて、連邦職員にクラウド技術のトレーニングを提供しました。2024年までに、900人以上の調達専門家がAWS関連のスキルを習得し、システム管理能力を強化したことで、AWSによる連邦政府の囲い込みも強化されました。

米国デジタルサービス(USDS)は、米国行政管理予算局(OMB)のクラウドファーストポリシー(2011年以降)を推進し、AWSを主要なクラウドプロバイダーとして採用しました。AWSのpay-as-you-goモデル(使った分だけ支払う)は、「初期投資コストを抑え、連邦機関のデジタルトランスフォーメーションを加速してくれるもの」というブランドを獲得しました。

Google Cloudは、AWSやMicrosoft Azureに次ぐ存在ですが、 AI技術(自然言語処理、機械学習)に強みがあり、米国デジタルサービス(USDS)が支援するデータベースのセマンティック相互運用性の向上に貢献しています。Google CloudもAWSと同様に、米国デジタルサービス(USDS)の技術者トレーニングプログラムに協力して、クラウドアーキテクチャやデータサイエンスの教育を提供していますが、AWSほどあからさまな囲い込みはしていない印象です。

その他、Microsoft Azureは社会保障庁(SSA)のクラウド移行で採用され、2.8億ドルのコスト削減に貢献しましたが、Oracleは財務省の一部のデータベース統合で使用されたぐらいで、AWSやGoogle Cloudほどの影響力はありません。

AWSとGoogle Cloudは、米国デジタルサービス(USDS)が支援した100以上のプロジェクトの約60%で使用され、システム統合やデータベース削減に貢献しました。AWSの市場支配力やGoogleのAI技術が、USDSの成功を支えたと言っても過言ではありません。

米国デジタルサービス(USDS)は約200-300人の小規模組織なので、連邦政府全体(約200万人)のデジタル化を担うことは不可能ですが、連邦機関がUSDSの専門知識に依存するようになり、機関内部の技術能力構築が遅れて、USDSの支援なしにデジタルプロジェクトを進める能力が不足する組織が出てきました。USDSへの依存は、ビッグテック企業への依存とほぼ同義になります。

米国デジタルサービス(USDS)の迅速な成果重視のアプローチは、ユーザー体験の向上には貢献しましたが、長期的なシステム統合や標準化の視点は不十分で、部分的な最適化による「パッチワーク的システム」になることが多く、異なる機関で導入されたツールが互換性に欠けることがあります。

USDSは、API駆動の統合やクラウドベースのソリューションを採用しており、IRSの税務申告システムでは、APIを活用して外部のパートナー(例:税務ソフトウェア企業)とデータを共有し、処理時間を短縮しています。しかし、2024年時点で連邦機関のデータ共有率は50%未満となっており(GAO報告)、APIだけに頼るデータ連携には限界があります。

つまり、税務会計や医療などデータの標準化や相互運用性が進んでいる分野では、テック企業が得意とするやり方でも成果を上げやすいのですが、それ以外の分野では彼らのやり方が通じないことが多いのです。

実際、異なる省庁間でのデータ標準やプロトコルの統一が進まず、セマンティックな相互運用性が限定的となり、退役軍人省と国防総省のEHR統合は進んだが、他の機関(社会保障庁)との統合は遅れるといった役所の縦割りを解決できませんでした。

ここまで読んで「あれっ?どこかで聞いたような…?」と思った人は、日本の電子政府の関係者かもしれません。そうです。今の日本の自治体情報システムの標準化やガバメントクラウドで起きていることは、10年以上も前から米国で起きていたのです。

日本のデジタル庁が、米国デジタルサービス(USDS)の影響を強く受けていることは間違いないと思いますが、同時にデジタル庁という組織自体が、米国デジタルサービス(USDS)と同様に米国のビッグテック企業に強く依存しているように見えます。AWSのAPI Gatewayが、米国で複数の機関のデータベースを統合して重複を削減したことなどは、非常に魅力的に見えたことでしょう。

現在の政府効率化省(DOGE)は、関連・類似するデータベースの整理統合を行い、データの標準フォーマットを導入することで、機関間のデータ比較を容易にするなどの措置を実行しています。

しかし、米国政府や自治体のデータ管理は州ごとにルールも異なり、共通の識別子として社会保障番号(SSN)があるものの、組織単位でデータ連携をあまり考えずに管理しているので、自ずと限界があります。日本のような住民票や戸籍も無いので、各地域の人口も10年ごとの国勢調査のデータから推測しているぐらいで、データガバナンス自体に大きな問題を抱えています。米国はデータ駆動型で部分最適なデジタルサービスは作れても、エストニアのように国家全体をデータ駆動型にすることはできないのです。

For the People: Tackling Government Data Interoperability Challenges with NGO Support
December 2024
https://media.usafacts.org/m/567d597a6dac9b24/original/FINAL-PAPER-1-10-25.pdf

米国デジタルサービス(USDS)では実現できない「データ改革」を、現在の政府効率化省(DOGE)がどこまでできるのか(AIやブロックチェーンを活用してデータベースの統合を進めるらしい)は、今後も興味を持って観察したいと思います。特に、規制改革や組織改革によるデータ統合(例:国際開発庁(USAID)のデータベースを大幅に統合して海外援助関連のシステムを約40%削減、国土安全保障省(DHS)の移民関連データベースを統合)などは要注目です。

 

(4)日本の電子政府は米国のテック企業に乗っ取られたのか

現在の日本の自治体情報システムの標準化やガバメントクラウドへの移行は、「日本の電子政府が米国のテック企業に乗っ取られた」と言うことなのか?と問われれば、「事態は米国以上に深刻である」と答えざるを得ません。

米国連邦政府のクラウド市場のシェアは、一番高いAWSでも約40-45%(IaaSで約78%)で、Microsoft Azureが約20-25%、Google Cloudが約10-15%と続き、SaaSはMicrosoftやGoogleがAWSよりも強く、小規模企業がSaaS市場で競争といった形で、それなりに分散しています。

これに対して日本のデジタル庁のガバメントクラウドは、AWSが97%以上となっており、ほぼ独占状態です。


参議院議員神谷宗幣君提出ガバメントクラウドの共同利用をめぐる諸課題に関する質問に対する答弁書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/216/touh/t216027.htm

デジタル庁において現在運用しているガバメントクラウドにおいてクラウド・コンピューティング・サービスの提供事業者が提供しているクラウド・コンピューティング・サービス別に、令和六年十一月末時点における当該クラウド・コンピューティング・サービスを利用して整備又は運用が行われている情報システムの数をお示しすると、それぞれ次のとおりである。

Amazon Web Services 1877件
Google Cloud 11件
Microsoft Azure 13件
Oracle Cloud Infrastructure 26件


しかも、住民データを政府が管理しない米国と異なり、日本では各基礎自治体が個別に住民基本台帳と戸籍といった住民の基礎データを管理しています。今の状態で自治体情報システムの標準化やガバメントクラウドへの移行を進めるということは、国家の基礎となる国民・住民の基礎データが、ほとんど全て米国テック企業のAWSの管理下に置かれることを意味します。

これはもう、データセンターが日本国内にあるとか、暗号鍵を誰が管理するかといった問題ではなく、日本のガバメントクラウドを米国政府やAmazonの意向で止めてしまえば、行政の多くの機能が麻痺して、戦略核兵器や大量破壊兵器と同じような効果を持ってしまうということです。

ここまで日本の電子政府が米国の一つのテック企業に浸食されてしまったのは、一体どういうわけなのでしょうか。デジタル庁の職員として、多くの米国テック企業の社員が送り込まれているからなのでしょうか。米国政府の意向を受けて、あるいは米国政府への忠誠心を示すために、日本の政治家や官僚が日本の国民・住民データを人質として受け渡してしまったからなのでしょうか。。まあ、これ以上は「陰謀論」と言われてしまいそうなので、止めておきましょう。

緊急避難的な解決策としては、AWS等が意図的あるいは災害等により止まった時に備えて、デジタル庁(国)の予算と責任で、国内ベンダーによる政府クラウドをバックアップ用に確保して、最低限の行政サービス提供と行政運営ができるようにデータとアプリケーションを保存しておくといった方法があります。

さて、クラウドベンダーを中心とした米国ビッグテック企業による電子政府への浸食は、まず米国連邦政府で起きて、米国から5-10年ほど遅れる形で、それ以上の浸食が日本のデジタル庁や自治体で起きていることを書きました。

それでは、次に何が起きるのかと言えば、ここでようやくNHKスペシャルのイーロン・マスクにたどり着きます。そうです、AI(人工知能)の話です。

米国政府のAI市場のシェアは、クラウドのシェアと類似しており、Amazon Web Services (AWS)約35-40%、Microsoft Azure約20-25%、Google Cloud約10-15%となっていますが、その他にはPalantirなどクラウドベンダーではない企業も入っています。 IBMのWatsonも行政向けの自然言語処理で健在です。クラウドに比べると、ソフトウェア主導で今後の成長が見込める分野ということで、参入障壁はクラウドほど高くないことが、イーロン・マスク氏を引きつけているのでしょう。

米国では2024年に37機関が1,700以上のAIユースケースを公開報告しているのに対して、日本の政府や自治体はAIに関心があるものの、まだまだ未開拓の分野です(米国市場規模の3%くらい?)。具体的には、マイナポータルのAIチャットボット、Azure AIを使った自治体の文書管理や市民向けサービス、Vertex AIやBigQueryによるスマートシティやデータ分析、NECの顔認証や富士通の文書処理AIなどがあります。

米国政府におけるAIは、機械学習、深層学習、機械視覚、自然言語処理といった技術ベースのソフトウェアが主流ですが、日本では生成AI(汎用人工知能)への関心が高いように見えます。その意味では、XでGrokを展開するイーロン・マスク氏にとって、日本がより魅力的に映るかもしれません。日本のAI規制が比較的緩いことも追い風になります。

エストニアでは、公的データベースを整理・統合・整備して、組織や分野を越えたリアルタイムのデータ連携による業務の自動化を実現することで、多くの政府がAIで実現しようとしていることを既に実現しています。もちろん、AIの技術も多くの公共サービスで活用されています。

恐らく日本では、米国の後を追いかける形で、公的データベースを整理・統合・整備をすること無しに、クラウドとAPIと、そしてAIでなんとかしようと奮闘するのではないかと思います。それが、実は遠回りであり、新たなデジタル敗戦への道であることに気が付かないふりをしながら。。

筆者のおすすめは、やはり「誰がどのように公的データを管理するのか」について、将来の人口減少や自治体消滅、安全保障などの観点から、持続可能な方法を再検討することです。データ連携やデータ利活用の前に、信頼できるデータを整備するための地味で地道な作業が必要になるということです。