「JICAアフリカ・ホームタウン」は移民の受入れ促進なのか?
最近の日本では、「移民」の話題がかなりデリケートなものになり、炎上してしまうことが多いようです。その多くは日本政府の態度に問題があると思いますが、今回は「JICAアフリカ・ホームタウン」について、一つの視点を提示したいと思います。なお、筆者は過去に行政書士の経験があり、地域の日本語ボランティアとしても20年以上活動していた経験があります。
まず、公式発表等を見ていくと、どれも「移民の受入れ促進ではない」と否定しています。
「JICAアフリカ・ホームタウン」に関して|外務省 令和7年8月25日
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_02637.html
移民の受け入れ促進や相手国に対する特別な査証の発給を行うといったことは想定されておらず、こうしたことが行われるという一連の報道・発信は事実ではありません。
「JICAアフリカ・ホームタウン」に関する報道について | ニュース・広報 – JICA 2025.08.25
https://www.jica.go.jp/information/notice/2025/1572980_66416.html
現地の報道等の「JICAアフリカ・ホームタウン」のもとで山形県長井市がタンザニアの国の一部になると誤解を与えるような記載や、移民の受け入れ促進、日本と当該諸国との往来のための特別な査証の発給等の記載は、いずれも事実に反します。
JICA アフリカ・ホームタウン認定状交付に係る木更津市の見解(市長コメント)2025年08月25日
https://www.city.kisarazu.lg.jp/soshiki/kikaku/organiccity/5/12925.html
JICAの「2024年度草の根技術協力事業(地域活性型)」の採択を受け、ナイジェリアを舞台に野球・ソフトボールを通じて、「規律」を基礎とした若者の人材教育に協力するものであり、移住や移民の受け入れにつながるような取組ではありません。
次に、「JICAアフリカ・ホームタウン」に関連して出てくる「人材環流」を見てみましょう。
JICAアフリカ・ホームタウンサミット ~アフリカの発展と地方創生を共につなごう~
2025年8月21 日(木)09:00-11:00(JST)
https://ticad9event.jica.go.jp/jp/event/detail_028.html
将来的な人材環流の実施(アフリカから日本、日本からアフリカ)の下地となるような繋がりを持つことはアフリカだけではなく、日本の国益にも合致している。人材環流によってアフリカと日本の架け橋となる人材「架け橋人材」を育成することで、双方の利益にマッチした取り組みを多く実施できることが予想される。
上記の説明を見ると、「人材環流」は、「アフリカの人材が日本へ来たり、日本の人材がアフリカへ行ったりする、双方向の人の移動」であることがわかります。
次に「移民」について考えてみましょう。移民の定義は文脈によって異なりますが、広義では国連の次のものが有名です。
難民と移民の定義 | 国連広報センター
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/22174/
国際移民の正式な法的定義はありませんが、多くの専門家は、移住の理由や法的地位に関係なく、定住国を変更した人々を国際移民とみなすことに同意しています。3カ月から12カ月間の移動を短期的または一時的移住、1年以上にわたる居住国の変更を長期的または恒久移住と呼んで区別するのが一般的です。
移住(人の移動)について | IOM Japan 国際移住機関 日本
https://japan.iom.int/migrant-definition
「移民」とは国際法などで定義されているものではなく、一国内か国境を越えるか、一時的か恒久的かに関わらず、またさまざまな理由により、本来の住居地を離れて移動する人という一般的な理解に基づく総称です。
このように広義の「移民」で考えた場合、「JICAアフリカ・ホームタウン」に関連して出てくる「人材環流」は、「移民」であると言えます。つまり、「JICAアフリカ・ホームタウン」は、政府やJICAや関係自治体の説明と異なり、「移民の受入れ促進である」ということです。
次に、「移民」をもう少し狭義で捉えた場合を考えてみましょう。
例えば、「移民」を単なる短期滞在者とは区別して、「中長期の居住を意図して滞在する外国人」を「移民」だと定義しましょう。具体的には、外国人住民で住民票の対象となる「3か月を超える中長期在留者」とします。住民票が作成されると、その外国人にはマイナンバーが付与されてマイナンバーカードを取得することができます。
外国籍のかたの住民登録 | 目黒区
https://www.city.meguro.tokyo.jp/koseki/kurashi/foreigners/gaikokujinjyuumintouroku.html
住民票を作成する対象者は、適法な在留資格を有し、在留期間が3か月を超えるかたのみとなります。
「JICAアフリカ・ホームタウン」では、政府の説明で「特別な査証の発給等を否定」していますので、「人材環流」する場合の適法な在留資格としては「研修」が考えられます。在留資格「研修」は、日本の公的機関や民間企業で技術、技能、知識を習得し、それを母国に持ち帰って普及させることを目的としており、JICAが実施する研修事業でも「研修」の在留資格で外国人が来日することが多いからです。
在留資格「研修」 | 出入国在留管理庁
https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/trainee.html
本邦の公私の機関により受け入れられて行う技能等の修得をする活動(二の表の技能実習1号、四の表の留学の項に掲げる活動を除く。) 該当例としては、研修生。
研修員受入事業及び研修委託契約の概要 (15ページ目)
2023 年 3 月版 独立行政法人国際協力機構 ガバナンス・平和構築部
https://www.jica.go.jp/Resource/okinawa/enterprise/kenshu/ku57pq000005mwkn-att/training_01_01.pdf
研修員は、出入国管理及び難民認定法(昭和 26 年政令第 319 号)の規定に基づき、「研修」という在留資格(査証)が与えられます(ただし、1年以上日本に滞在する長期研修の場合は、在留資格が「留学」となります)。
「研修」の在留期間は、通常は1年、6月又は3月となっていますので、「3か月を超える中長期在留者」になることが一般的です。つまり、「移民」をもう少し狭い意味で捉えた場合でも、在留資格を90日以内の短期滞在に限定しない限り、やはり「JICAアフリカ・ホームタウン」は、「移民の受入れ促進である」ということになります。
最後に、「移民」を最狭義で捉えた場合を考えてみましょう。具体的には、在留資格の「研修」では原則として認められない、「1年以上の長期在留者」に限って「移民」とします。
「1年以上の長期在留者」に限って「移民」とした場合、「JICAアフリカ・ホームタウン」の「人材環流」を在留資格「研修」で行うのであれば、「移民の受入れ促進ではない」と言えます。
しかし、在留資格「研修」ではなく、「人材環流」のためにという理由で、在留資格「技能実習」や「特定技能」の話が出てきたら要注意です。「技能実習」と「特定技能」は、雇用契約に基づく労働で、どちらも1-5年の長期滞在を想定しているからです。つまり、「JICAアフリカ・ホームタウン」の「人材環流」を在留資格「技能実習」や「特定技能」で行う場合は、「移民の受入れ促進である」ということになります。
在留資格「技能実習」 | 出入国在留管理庁
https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/technicalinterntraining.html
在留資格「特定技能」 | 出入国在留管理庁
https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/specifiedskilledworker.html
特に「技能実習」については注意が必要です。なぜなら、技能実習制度の公式な目的は「国際貢献」だからです。開発途上国の人材に日本の進んだ技能・技術・知識をOJT(On-the-Job Training、実務を通じた訓練)を通じて習得してもらい、帰国後に母国の経済発展に貢献してもらうことを目指しており、「JICAアフリカ・ホームタウン」における「人材環流」と考え方が非常に類似しているので、「人材環流」の名目で「技能実習」が使われる可能性があります。
外国人技能実習制度について |厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/global_cooperation/index.html
外国人技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております。
外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(平成二十八年法律第八十九号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/428AC0000000089
技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護を図り、もって人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識(以下「技能等」という。)の移転による国際協力を推進することを目的とする。
技能実習制度は「国際貢献」を建前としながらも、実態としては人手不足に悩む産業の貴重な労働力として機能してきました。しかし、その建前と実態の乖離や、労働者としての権利保護が不十分であるといった問題が指摘されてきたので、より明確に「労働力」の確保を目的とした在留資格として「特定技能」が創設されたという背景があります。
また、劣悪な労働環境等により、技能実習生の失踪や不法滞在のリスクが問題視されており、2023年に失踪した技能実習生の数は9,753人にのぼり、過去最多を記録しています。令和元年から令和5年までの失踪者のうち、令和6年7月22日時点で所在が不明の者は9,976人となっており、多くの「不法移民」を生み出しています。
技能実習生の失踪者の状況(推移)|法務省 出入国在留管理庁
https://www.moj.go.jp/isa/content/001425159.pdf
今後の政府、JICAおよび関係自治体がするべきことは、国民に対して「JICAアフリカ・ホームタウンは、移民の受入れ促進ではない」と言うだけでなく、「移民」の定義について政府、JICAおよび関係自治体で共通化した上で、その定義について国民にわかりやすく説明することでしょう。
まず、「移民」の意味や範囲を国民と政府関係者が共有した上で、次に「人材環流」する場合の具体的な在留資格と在留期間について説明します。「90日以内の短期滞在」なのか、「6か月以内の研修」なのかという説明です。そして、長期滞在の「移民」につながるような「技能実習」や「特定技能」は適用しないということを国民に対して約束します。
ここまで行って初めて「JICAアフリカ・ホームタウンは、移民の受入れ促進ではない」という説明が、国民から最低限の信頼を獲得できるのだと思います。
個人的には、今後の日本において移民の受け入れは避けられないと思いますが、欧州のような失敗を避けるためにも、安全保障の観点も入れて戦略的かつ段階的に行い、各段階で必ず評価を実施してリスクが高くなった時の中止や撤回を計画に含めておくべきと考えます。