自治体情報システムの標準仕様への移行は、地獄の入り口なのか?

自治体の情報システムの標準仕様への移行について、その遅れがニュースになっています。

自治体36%間に合わず システム移行、25年度末:東京新聞デジタル
https://www.tokyo-np.co.jp/article/439443

その内容は、「全1788自治体の36%にあたる643自治体の3770システムで移行が間に合わない見込みで、デジタル庁が2025年度末までに間に合わない自治体への支援を強化し、期限を5年延長した2030年度末までの完了を目指す」というものです。

この記事のソースは、デジタル庁が2025年9月30日に公表した「特定移行支援システムの該当見込み(概要)(令和7年7月末時点)」です。

特定移行支援システムとは、「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化プロジェクトにおいて、2025年度末(令和8年3月31日)までの標準準拠システムへの移行が技術的・運用的な課題から困難なと判断されるシステム」のことです。


デジタル庁の資料によると、

・標準化の対象となる全34,592システムのうち、令和7年7月末時点で、3,770システム(10.9%)が特定移行支援システムに該当する見込み(令和7年6月27日公表時点から+ 491システム)。

・特定移行支援システムを有する団体数は1,788団体のうち643団体(36.0%)。

※ 上記の他、報告されたが、現時点で特定移行支援システムに該当せず、判断を保留しているシステムが、23システム(7団体)ある。

主な増加要因は、事由4により移行計画の大幅な見直しを行った事業者の影響を受けた自治体が、順次、特定移行支援システムに該当する見込みとなったため。


とあります。実際、特定移行支援システムとされる3,770システムのうち、9割近い3,345システムが事由4「事業者のリソースひっ迫による開発又は移行作業等の遅延の影響を受けるもの等」を理由に期限内の移行が困難になっています。

国が無理な期限を設定したことが、自治体やシステム事業者の大きな負担になっていることは明らかですが、問題の本質は期限内に移行できるかどうかではありません。なぜなら、本当の苦難は、標準システムに移行した後に始まるからです。

移行期限の達成は「一時的なハードル」だが、運用・維持が「永続的な地獄」

2025年度末の移行期限は厳しく、多くの自治体で準備不足やベンダー対応の遅れから「間に合わない」ケースが増加しているのは上述の通りですが、デジタル庁は一部の自治体を対象に「特定移行支援システム」として2026年度以降の移行を認める柔軟対応を進めているので、移行自体は「すごく大変」ですが、延期や支援で何とか乗り切れる可能性が高いです。

一方、移行後の運用・維持管理は、システム稼働後の数年から数十年をカバーするもので、ここで発生する問題こそが、基幹業務システム標準化の本質と言えます。

標準化の理想像(全自治体で同一システム使用によるコスト減)とは裏腹に、現実では「個別カスタマイズの残存」や「制度改正対応」の負担が残り、結果として運用コストが当初目標の3割減どころか大幅増(例: 数倍規模)になるケースが指摘されています。移行は「一過性の痛み」ですが、運用は「持続的な苦痛」として住民や議会への説明、毎年度の経費の計上などが必要になります。

運用・維持管理の「持続的な苦痛」は、主に次の3つです。

(1)ランニングコスト(運用費)の増加

標準システムの保守・運用委託費が想定外に高額で、ベンダー依存が強まるため、自治体の財政負担は避けられません。2025年以降の見込みでは、年間数億円規模の追加コストが発生する自治体も出ており、当初の「3割減」目標は「幻想」と言って良いでしょう。特に、これまで自治体クラウドや複数自治体によるシステム共同化等により頑張ってコスト削減してきた自治体ほど、コスト増加の痛みを受けやすくなっています。

(2)制度改正・改修の個別対応負担

法改正(例: 社会保障制度の変更)や地域特有の業務調整が発生するたび、標準システムでも自治体ごとの微調整が必要になり、ベンダーとの個別交渉やテスト作業が発生します。無理な期限設定による標準化への移行は、より強いベンダー依存を生み出しています。システム間のデータ差異調整も手間を増やし、IT担当者の負担が増加します。

(3)人的・組織的負担の増大

移行後もベンダー主導の運用が続き、自治体の内部スキル不足が露呈する可能性が高いです。ほとんどの自治体は、標準化に合わせて必要となるガバメントクラウドへの対応でAWSに特化した人材を育成できるような余裕はありません。中小自治体では「ブラックボックス化」したシステムのトラブル対応が難航し、住民サービス低下のリスクもあります。 結果、IT部門の離職や外部委託依存が悪循環を生み、維持管理の負担が年々増加する可能性が高いです。

この他にも、データ連携仕様における「API中心」の理想から「ファイル中心の自動化」へ調整などがありますが、2025年10月現在もデジタル庁は標準仕様書の更新を続けている状況で、自治体担当者やシステム事業者の苦難は、今後も継続していくことになります。


標準化のメリットとされる「コスト削減やサービス向上の可能性」については、長期的な視点とフォローアップが必要ですが、それは現在の問題から目をそらせるようなことではありません。

今後のデジタル庁における「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化」においては、次の3点を実施するのが良いでしょう。

(1)コスト評価の透明化と適正化

標準システム移行後の具体的なランニングコスト試算と、当初目標(3割減)との乖離について、デジタル庁が自治体や国民に対して説明責任を果たすことが何よりも大切です。

(2)ベンダー依存の緩和策

仕様書・インターフェースの完全公開など複数のベンダーが参入しやすい環境の整備、調達ルールの見直しが必要不可欠です。

(3)自治体内人材の育成支援とその代替策

国の予算による自治体職員のスキル向上支援(システムを正しく使い、ベンダーを適切に管理できる人材)だけでなく、人材育成が困難な一人情シスなどの自治体に向けた支援が必要です。具体的には、「IT調達・管理を支援するAIサービス」の開発と提供を推奨します。同サービスの内容には、見積もりチェックと価格交渉の支援、技術的要件の確認、仕様書・SLA(サービスレベル合意)のドラフト作成、リスク条項の自動検出、進捗リスクの早期発見、質問・課題解決のナレッジ提供、即時性の高い研修機能などを含みます。

なお、筆者自身は、データガバナンス改革(住民データを統合した北欧・エストニア型の人口登録簿への移行)を伴わない「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化」は、労力に見合った効果を望めず持続可能性も低いので止めた方が良いというのが、当初からの一貫した考えです。データガバナンス改革の詳細については、ジェアディスのブログ「エストニアの電子政府事情とわが国の自治体システムのあるべき姿」や「エストニアの人口登録簿の個人データ:日本の住民票や戸籍に足りないものとは」を参照してください。