電子政府から見た年金記録問題:データの修正と移行は慎重に

年金記録問題から学ぶ:問題の先送りは事態を悪化させる」の続きとして、年金記録問題への対応について、電子政府の視点から、より具体的に考えてみたいと思います。

●社会保険庁:組織の概要

まず初めに、社会保険庁の組織について確認しておきましょう。

社会保険庁は、厚生労働省の外局として置かれる組織で、政府管掌健康保険、船員保険、厚生年金保険、国民年金の各事業の運営・実施を担当しています。

ただし、「政府管掌健康保険事業」については、「全国健康保険協会」に移管されることになっています。

関連>>政府管掌健康保険の公法人化について全国健康保険協会設立委員会

また、年金(厚生年金、国民年金)事業についても、社会保険庁を廃止し、新たに日本年金機構(非公務員型の公法人)を設置し、運営業務を移管する法案が出ています。

関連>>日本年金機構法案要綱(PDF)日本年金機構法案(Yahoo!みんなの政治)

平成19年度の社会保険庁予算は、

・年金特別会計 71 兆7,563 億円
・船員保険特別会計  651 億円
  合計    71 兆8,214 億円

全国に312カ所の社会保険事務所、47の地方社会保険事務局、本庁(社会保険業務センター、社会保険大学校を含む。)があります。

平成17年度予算定員では、

○正規職員    17,365人
○非常勤職員   11,461人
・謝金職員     5,211人
・国民年金推進員  3,108人
・事務補助員    3,142人
  計      28,826人

となっており、非常勤職員の比率が多くなっています。

このうち、「年金給付・年金相談」の担当職員数は、3,900人(正規) 2,000人(非常勤)となっています。

また、平成16年7月1日時点で、「年金相談」に従事する職員数は、非常勤職員含めて約2,100名、そのうち年金電話相談センターに従事する者は約300名となっています。

5000万件以上とされる年金記録の修正作業を6000人の職員で行った場合、職員一人当たりの年間ノルマは、年間の勤務日数を250日として、一日あたり30件以上となります。

関連>>社会保険庁関係について 平成18年4月28日 厚生労働省(PDF)社会保険関連業務の社会保険関連業務の市場化テスト・民間開放の推進について(PDF)

●社会保険オンラインシステム

社会保険庁の業務処理は、主として「社会保険オンラインシステム」を使って行われています。

社会保険オンラインシステム(平成16年度末現在)は、次の三つのシステムからできています。

1 年金給付システム 昭和39年度運用開始 受給権者記録数4,106万件
2 記録管理システム 昭和55年度運用開始 被保険者記録数2億7 ,780万件
3 基礎年金番号管理システム 平成8年度運用開始 基礎年金番号数1億1 ,732万件

新しいシステムの運用開始にあたっては、旧システムからの移行(データ移行を含む)が必要となります。

年金記録の間違いは、日々の業務でも発生しますが、システム移行(データ移行)が適切に行われないと、この時期に大量の間違いが発生することになります。

今回の年金記録問題も、上記三つのシステム移行時期に発生している可能性が高いと言えるでしょう。

関連>>社会保険業務の業務・システム最適化計画について社会保険業務に係る業務・システムの見直し方針(PDF)

●社会保険庁の業務・システムが抱える課題

「社会保険業務の業務・システム最適化計画」では、「最適化の実施内容」として、次のような施策が挙げられています。

現状に多くの問題があり、これだけの改善が必要ということですね。

業務やシステムの改革、組織の再編成などは大切です。

しかし、組織としての考え方や文化が変わらない限り、同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。

【業務:システム施策】
(1) 業務の集約化及び定型的な業務の外部委託拡大
(2) 市場化テスト等による外部委託の拡大
(3) 業務処理の合理化(手作業処理のシステム化、既保有情報の活用等)
(4) 収納率向上に向けた体制整備
(5) 国民サービスの向上(コールセンター機能の充実、情報提供の充実等)
(6) 被保険者記録の整備(58歳時及び35歳時通知等)
(7) 業務品質の向上(業務処理の標準化等)
(8) データセンターの統合
(9) 記録管理システム及び基礎年金番号管理システムのオープン化
(10)ハードウェア資源の集約(記録管理システムの集約、年金給付システムの集約等)
(11)端末資源の汎用化・共通化(社会保険庁LAN端末の一人一台化)
(12)運用監視業務の統合化
(13)社会保険と労働保険の徴収事務の一元化
(14)厚生労働省ネットワーク(共通システム)の利用に基づく資源の共用化・共通化

【安全性・信頼性の確保】
(1) 厚生労働省情報セキュリティポリシーの遵守
(2) 個人情報の暗号化と保護

【調達】
(1) 調達における透明性の確保
・一般競争入札による調達
・ハードウェアとソフトウェアの分離調達
・データ通信サービス契約からの脱却等

【最適化の実施に向けた体制整備】
(1) 調達の審査
(2) 標準化
(3) システム部門の体制強化等
(4) ITガバナンス体制の確立

●システム(データ)の移行

今回の年金記録問題は、「システムの移行」に伴う「データ移行作業」(事後処理を含む)が、適切に行われなかったために起きたのだと思います。

「旧システム(コンピュータ)」から「新システム(コンピュータ)」への移行であれば、「データ移行仕様書」や「データ移行プログラム」等を作成して、割と効率的に(面倒なことはコンピュータ任せで)データ移行や移行後の確認が行えます。

関連>>日医標準レセプトソフト(データ移行プログラム)

しかし、「旧システム(紙による手作業)」から「新システム(コンピュータ)」へ移行する場合、間違いを犯しやすい「人」による作業が多くなるので、かなり緻密な計画やマニュアル(「データ移行手順書」など)を作り、厳格に実施・確認しないと、「手間やコストが大きい割には、間違いが多い」という最悪な事態となってしまいます。

社会保険庁のシステム移行があった当時、システムやデータ移行について規則やガイドライン等があったとは思えませんが、今現在は「業務・システム最適化指針」の中に、システム移行に関する記述があります。

関連>>業務・システム最適化実施指針(PDF)

5000万件以上とされる年金記録の修正についても、適切に行われないと「手間やコストが大きい割には、なかなか修正が進まない」となりますので、新たなシステム移行と考えて、次のような手順(計画、実施、確認)を踏む必要があるでしょう。

(1)移行実施計画の策定

・個別管理組織と調整
・必要な移行実施体制の整備と役割の明示
・無理のない移行スケジュールの設定
・適切な移行環境、移行方法、移行ツール等の決定

(2)移行の実施

・移行スケジュールに基づく移行作業の実施
・必要な移行環境の提供
・移行データの調査と移行対象となるデータの確定
・移行データの整理
・作業量、移行所要時間、移行に係る課題・問題等の明確化
・移行リスクの低減(誤入力・誤消去、個人情報の漏洩など)
・移行判定基準の作成と移行の可否判定(移行後の確認)
・ネットワーク、ハードウェア、ソフトウェア、設備等の準備
・記憶媒体、帳票等消耗品の準備
・作業担当者の教育訓練など

ともあれ、年金記録の修正が適切かつ迅速に行われ、一日も早く被害者が救済されることを祈ります。

そして、電子政府を上手に活用しながら、同じような間違いが起きないように適切な管理をお願いしたいですね

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