なぜ日本のデジタル政策は「有識者会議」に依存するのか ― エストニアに学ぶ、権威付けではない知見活用
先日、ジェアディスのブログに「エストニアのデジタル国家のソフトウェアのソースコード公開について」を投稿しましたが、この中で「こうした有識者による検討会の必要性は別として」と敢えて記述しました。本稿は、この記述に対する解説となっています。
1. 問題提起:有識者会議が「多すぎる」という違和感
日本のデジタル政策、とりわけデジタル庁を中心とする施策を見ていると、有識者検討会の数がやや多すぎるのではないか、という印象を受けます。
実際、2025年から2026年にかけてだけでも、デジタル関係の制度改革検討会、自治体情報システム標準化関連の各種検討会、データ利活用制度・システム検討会、政策評価・行政事業レビュー有識者会議など、少なくとも10件以上の有識者会議が並行して開催されています。
会議等|デジタル庁
https://www.digital.go.jp/councils
有識者の知見を政策に反映すること自体は重要であり、会議の存在そのものを否定するものではありません。しかし、これだけの会議が同時並行で進む中で、調整、資料作成、議事録対応が職員の主業務を圧迫しているという声が、内部からも聞こえてきます。
これは単なる「忙しさ」の問題ではありません。なぜ、これほどまでに有識者会議に依存する構造になっているのかという、制度設計上の問題です。
2. 制度的合理性では説明できない「権威付け」への欲求
有識者会議は、本来「知見を得るための手段」です。しかし、政策形成の手段として見た場合、必ずしも効率的とは言えません。
- 意思決定に時間がかかる
- 議論が抽象化しやすい
- 成果物が議事録に留まりやすい
それでもなお有識者会議が多用される背景には、 制度的合理性とは別の動機が存在しているように見えます。
それが、「権威付け」への欲求です。
「専門家が認めた」
「有識者の合意が得られた」
こうした表現は、政策を説明する上で非常に強い力を持ちます。有識者会議は、政策の正当性を補強するための装置として、便利に機能してしまうのです。
3. 有識者会議は本当に「検討の場」なのか
ここで一つの疑問が生じます。有識者会議は、本当に「白紙から検討する場」なのでしょうか。実際の運用を見ると、有識者会議が設置された時点で、
- 政策の大枠
- 進むべき方向性
- 想定される結論
が、すでに行政内部で相当程度固まっているように見えるケースは少なくありません。その場合、有識者会議の役割は、
- 複数の選択肢を並べて検討することではなく、
- 既にある案を「正解」として確定させること
へと、無意識のうちに変質してしまいます。これは意図的な操作というより、後戻りしにくい政策領域において、行政が説明責任を果たそうとする際に陥りやすい構造だと言えます。
4. 具体例①:自治体情報システムの標準化
自治体情報システムの標準化は、「有識者会議が検討の場から正当化の場へと変質する」構造を最も分かりやすく示す事例です。
地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化|デジタル庁
https://www.digital.go.jp/policies/local_governments
標準化が必要とされる事情や、その実現によって達成できるとされた目標については、多くの関係者の間で共有されています。一方で、
- 標準化の範囲
- 移行の速度
- 自治体の裁量の残し方
などについては、本来複数の選択肢があり得ました。しかし、実際の議論では、有識者会議が設置された段階で「標準化ありき」の前提が置かれ、代替案が正面から比較検討される場面は限られていたように見えます。
自治体情報システムの標準化・共通化に関する主な経緯
https://www.soumu.go.jp/main_content/000971906.pdf
結果として、有識者会議は「やるか・やらないか」を議論する場ではなく、「どう正当化するか」を整理する場として機能した印象を与えました。
5. 具体例②:ガバメントクラウドによるモダン化
ガバメントクラウドもまた、有識者会議が政策的選択肢を広げるのではなく、既定路線を補強する役割を担ってきた領域です。
ガバメントクラウド|デジタル庁
https://www.digital.go.jp/policies/gov_cloud
クラウド活用は技術の話であると同時に、
- 調達構造
- 産業政策
- 安全保障
- ベンダーロックイン
といった複数の要素が絡む、極めて政策的なテーマです。しかし、有識者会議での議論を振り返ると、複数のクラウドモデルや構成案を並べて比較するというより、特定の方向性を前提にした議論が目立ちました。
デジタル庁プロジェクト統括者に聞く―ガバメントクラウドが目指すこと[インタビュー] | デジタル行政
https://www.digital-gyosei.com/post/2022-01-26-interview-digitalagency-govermentcloud/
ここでも、有識者会議は「最適解を探す場」というより、既に選ばれた方向性に専門的なお墨付きを与える場として機能していたように見えます。
6. なぜ日本は会議体に依存するのか
この構造は、個々の職員や有識者の問題ではありません。背景には、日本の行政が置かれた環境があります。
- 国会や会計検査への説明のしやすさ
- 外部委託を「丸投げ」と誤解されやすい文化
- 行政内部で意思決定リスクを極小化しようとするインセンティブ
こうした要因が重なり、「有識者会議を開くこと自体」が安心材料になっています。皮肉なことに、有識者会議が増えれば増えるほど、行政内部での実質的な意思決定能力は鍛えられずに劣化していく可能性があります。
7. エストニアのやり方:会議ではなく調達で知見を集める
一方、エストニアでは状況が大きく異なります。エストニアでは、有識者会議はほとんど開催されません。専門的な知見が必要な場合は、公共調達における調査業務として、
- 選択肢の整理
- リスク分析
- 国際比較
を成果物として提出させます。重要なのは、決定責任を行政内部に明確に置いている点です。エストニアでは、外部の「お墨付き」に頼らず、行政自身が判断し、責任を引き取る文化が根付いているのです。
Estonia 2025 Digital Decade Country Report | Shaping Europe’s digital future
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/factpages/estonia-2025-digital-decade-country-report
8. 現実的な解:全面廃止ではなく「役割転換」
日本において、有識者会議を全面的に廃止することは現実的ではありません。しかし、その役割を見直すことは可能です。
現実的な方向性として、次の3点を提案します。
- 有識者会議は例外的手段に限定する
- 原則は公共調達による調査・分析で知見を得る
- 行政が決定し、その理由を文書で説明する
有識者は「正解を与える存在」ではなく、判断材料を提供する存在へと位置づけ直すべきです。
9. おわりに:権威ではなく、責任を引き取る行政へ
問題は、会議の数ではありません。本質は、「誰が決め、誰が責任を負うのか」です。
エストニアの事例が示しているのは、小国だからできた特別なやり方ではなく、決定の順序を守ることの重要性です。
権威によって正解を作るのではなく、行政自らが責任を引き取ることで政策を前に進めるのです。
日本のデジタル政策も、その段階に進む時期に来ているのではないでしょうか。