なぜ日本は氏名すら標準化できなかったのか ―― 電子政府25年停滞の正体はデータガバナンス不在の属人化
Xで流れてきた投稿を見て、大きな危機感を抱いたので、改めて電子政府におけるデータガバナンスの重要性について整理しておきます。それは、デジタル庁の楠さんによる下記の投稿です。一見すると技術者による苦悩の吐露に見えますが、実は日本の電子政府が25年解決できなかった根本問題を端的に示しています。
”Personクラスにnameを入れるかどうかは実際にそのインスタンスで氏名を収集してハンドリングするかで判断すればいいが、姓名で項目を分けるべきか、その両方を必須項目とすべきか否かは、皇族やミャンマー人、ミドルネームがある国の人々の登録可能性について想像力が働かない人だと火傷するんだよな”
https://x.com/masanork/status/2012697847637086334?s=20
楠さんはこうした知識を整理したメモを公開していますが、これはあくまで個人の努力であり、組織的なガバナンス不在では限界があります。
JAPAN_IDENTITY_DATA_SPEC.md at main · masanork/tobari · GitHub
https://github.com/masanork/tobari/blob/main/packages/civ/docs/JAPAN_IDENTITY_DATA_SPEC.md
統一されたルールが無い、日本の姓名(氏名)
日本では、姓名という最も基本的な個人識別要素についてすら、国全体で「これが標準である」という統一ガバナンスが不在です。これが、データ重複収集、照合エラー、システム間連携の遅れを生み、「一度入力すれば全国で使える」デジタル基盤が築けない根本原因となっています。
エストニアには名前法(Nimeseadus、英語名:Names Act)という専用の法律と同法の諸規則で、個人名の付与・変更・使用の原則や人口登録(Population Register)への一貫した記録義務、非エストニア語名の正書法遵守と転写規則の統一、外国で変更された名前の国内登録手続き等を規定しています。名前法の規則には「人名を命名および適用する際に使用されるエストニア語-ラテン語の文字と記号の一覧、および外国語の人名を翻字するための規則」などがあります。
この名前法が人口登録法と連動することで、人口登録データベースでは、すべての国民・居住者の姓名という属性そのものが、法的に定義されたマスターデータとして管理され、各個人識別コード(isikukood)に正規に紐づけられています。名前法における「姓名」は、「法的に正規化された属性マスター」を意味します。姓名は、正書法、表記規則、変更履歴、有効期間まで含めて「正規化されたデータ項目」であり、これらのデータ項目が常に個人識別コードに結び付いた形で管理されています。
人口登録データベースは、Xロードを経由して他の公的システム(税務、医療、選挙など)と自動連携が可能です。姓名のスペル、読み方、変更履歴が法的に統一されているため、データ重複や表記揺れが最小限で、デジタル処理が極めて円滑です。
日本はエストニアのような専用の「名前法」が無いまま、個別法でその都度対応してきましたが、各法律の氏名は、別々の「準マスター」(それぞれの制度内では正だが、国全体では正と定義されていないデータ)となっています。戸籍の氏名が正(マスター)だと思われがちですが、実際には参照優先順位、正規化権限、上書き可否が法的に定義されていません。
戸籍法 → 氏名の記載、変更(氏の変更は家庭裁判所許可など厳格)
住民基本台帳法 → 住民票上の氏名
国籍法・旅券法 → ローマ字表記など一部
マイナンバー法 → 関連改正で一部対応
これに対してエストニアは、人口登録にある「姓名」がマスターで、他のシステムやデータベースはこのマスターを参照・再利用するだけです。各システムで勝手に正規化や上書きはできないという構造です。
フリガナの追加は「読み方の公証」
日本では、改正戸籍法が施行され、住民票ベースの通知書が送付されました。誤りがなければ届出不要で2026年5月以降に自動記載されることで、氏名のフリガナが戸籍に公証されるようになります。ただし、フリガナの追加は「読み方の公証」にとどまり、姓名全体の構造・標準化(例:姓・名の分離基準、ミドルネーム対応、外国人の複合姓、旧姓・通称の体系的管理など)は未整備です。
フリガナを付けた後も、公的データベース(戸籍、住民票、マイナンバー、税務・社会保障DBなど)間で、姓名の表記統一ルールやマスターデータが法的に強制されていないため、各システムで独自の姓名辞書や正規化処理が必要になり、重複・誤照合が発生しやすい状況が今後も続きます。
この問題は個人基本属性(姓名、生年月日など)に限定されず、住所をはじめとした公的業務に不可欠なあらゆる公的データに及びます。データガバナンスの不在がもたらすシステム間の非互換性、重複収集、表記揺れといった課題は、日本のデジタル処理の遅れを象徴するものです。デジタル庁のベース・レジストリ整備は進展中ですが、姓名を含む個人基本属性の全国統一マスターや横断的上位法が不在のため、根本解決には至っていません。
一方、エストニアは一元的なガバナンスにより標準化・統合した法体系の下で、公的データを分散管理しており、このデータガバナンス基盤があるからこそ、効率的な公的サービスやワンスオンリーが実現できるのです。日本は個別法対応の限界を突破する必要がありますが、政治的にも組織的にも全国横断的なガバナンス改革を実行できないのが、これまでの電子政府(2000年代初頭以降、約25年)でした。
なぜ日本は25年できなかったのか(政治・行政構造)
日本の電子政府が約25年にわたり統一的なデータガバナンスを確立できなかった最大の理由は、技術力や予算ではなく、政治・行政構造にあります。各省庁は所管法令ごとに「自分たちのデータ」を管理し、個人基本属性や公的データを国全体の基盤として再定義する政治判断が回避されてきました。戸籍、住基、税、社会保障といった制度はそれぞれ強い法的独立性と歴史的正統性を持ち、「どのデータが正(マスター)か」「誰が最終責任を持つか」を横断的に決めることができませんでした。その結果、標準化や参照関係を定める上位法は整備されず、個別法対応が積み重なり、制度間の非互換性と重複収集が構造的に固定化しました。
この構造的停滞を、現場感覚で端的に示しているのが、楠さんの次の発言です。
”そんなこんなで私はシステム間データ連携で値ではなくコードでやり取りすべきとか、姓と名を分けて管理すべきだとか、外からやってきた番号を平気で主キーに設定しようとするとか、口座名義人と氏名フリガナを同じ項目として管理しようという人たちの前で笑顔でい続けるには相当な苦労を強いられてる”
https://x.com/masanork/status/2012756308244516965?s=20
この発言が示しているのは、日本の行政システムにおけるデータ連携の深刻な属人化です。例えば、楠さんのスレッドで触れるICAO9303の2000年問題や自治体の生年月日コードの違いは、属人知なしでは再現できません。
実際の連携設計には、戸籍法・住民基本台帳法・金融システムなど、それぞれの歴史的経緯と内部実装の癖を知っていることが前提となっており、楠さんのような経験者がいなければ、設計ミスや仕様誤解による「火傷」が頻発します。結果として、連携の成立は制度や標準ではなく、「特定の人間の記憶やノート」に依存する状態に陥っています。
さらに深刻なのは、この連携が再現可能な知識として蓄積されない点です。各システムが独自解釈でデータを保持しているため、プロジェクトが変わるたびに「この項目は何を意味しているのか」「どこまで信用できるのか」を(最悪な場合)毎回ゼロから再発見しなければならないのです。人が入れ替われば理解可能性は容易に失われ、保守担当者が連携ロジックを把握できず、エラーが多発する、といった事態が常態化します。
これは単なる可用性や保守性の低下にとどまりません。災害時や有事におけるデータ共有の失敗、サイバー攻撃時の脆弱性増大など、国家基盤として看過できないリスクを内包しています。
エストニアでは、Public Information Act(公共情報法)によって、基本データの定義、コード化、再利用原則を法的に固定し、こうした属人化を制度的に排除してきました。韓国や台湾など他の電子政府先進国も、日本よりもはるかに早い段階で属人化を排除する仕組みが制度化されています。韓国は住民登録番号を絶対的な基軸とし、氏名や住所といった属性を各制度が独自に定義する余地を与えず、電子政府法や公共データ関連法によってデータ項目・コード体系・連携仕様を法的に統一してきました。
台湾は分散型の行政構造を維持しつつも、中央がデータ原則と標準を明確に定義し、各省庁はそれを遵守する形で運用されています。両国とも、システム間連携が「詳しい人の経験」に依存しないよう、知識を制度と仕様に固定することを重視しており、属人化が前提となっている日本の電子政府とは、ガバナンス思想そのものが異なっています。
これらの国では、「その人しか知らない」は「失敗」であり、知識は必ず公開・文書化という価値観が「法制度+行政文化」として定着しています。一方、日本は個別法の積み重ねによって場当たり的に対応してきたため、「その人しか知らない」を「英雄化・神聖化する」状態が25年にわたって慢性化しているのです。
では日本で何を法制化すべきか(名前法相当+公的データのガバナンス法)
この閉塞を突破するためには、まずエストニアの公共情報法(Public Information Act)に相当する「公的データのガバナンス法」を制定し、情報公開制度を単なる開示ルールから「公的データの生成・管理・再利用を統括する上位法」へと再定義する必要があります。エストニアのデータガバナンスの法体系は、次の4階層に整理できます。
階層1:公的データのガバナンス法(公共情報法)
階層2:基本データに関する国全体の標準化を定める法律(名前法、地名法など)
階層3:各データベースの根拠となる制度法(人口登録法、税法、社会保障法など)
階層4:各データベースの根拠法の規則(データ項目やセキュリティ水準などの詳細を規定)
階層1の法律により、公的データは分散管理でありながらも、国全体として一元的なガバナンスの下に置かれることが明確になります。その上で階層2として、名前法や地名法など、個人・場所といった基本データについて全国共通の標準、正規化ルール、変更権限、履歴管理を定める法律を整備します。階層3には人口登録法(日本では戸籍法・住民基本台帳法に相当)や税法、社会保障法など各データベースの根拠法を位置づけ、階層4としてそれぞれの規則で具体的なデータ項目やセキュリティ水準を定めます。
このような法体系を構築することで、日本は初めて「個別法の集合体」から脱却し、ワンスオンリーと持続可能なデジタル行政を支えるデータガバナンス基盤を持つことができます。