経営情報論 新版:ビジネスモデルと技術の関係、電子政府で技術は育たない

経営情報論 新版 (有斐閣アルマ)

最近の事例も含め、経営情報論の現代史が総覧できる内容。3年に一度ぐらい、こうした書籍に触れておくと、今後の方向性も予測しやすいでしょう。

企業経営におけるICT(情報技術)の活用が、投資額に見合った効果を上げてきたのは、ここ最近のことと思います。

ここでは、経営情報論にも関係が深い「ビジネスモデルと技術」の関係について、作者なりの理解を簡単に整理しておきましょう。

●ビジネスモデルが先か、技術が先か

一般的に言われるのは、「ビジネスモデルがあり、それを実現できる技術を探して活用する」という方法。ビジネスモデル優位説とでも言いましょうか。

この場合、活用する技術は、最新のものである必要は無く、成熟期に入った「枯れた技術」でも良い。費用対効果や安定性・汎用性を考えると、むしろ「枯れた技術」の方が好ましい。

ただし、「枯れた技術」であるがゆえに「真似されやすい」ため、優位性を保つことが難しくなります。

電子政府サービスは、優位性や排他性よりも、費用対効果や安定性・汎用性が優先されるので、「優れたビジネスモデル+枯れた技術」という組合せが好ましく、下手な冒険は必要ありません。

もう少し具体的に言えば、業務や制度を見直して、整理・統合・効率化するために、どんな機能が必要で、それを実現できる技術を探します。いくつかの選択肢の中から、最も費用対効果が高く、持続可能性や拡張性にも優れた技術を選び出すことになります。

企業の場合は、「優れたビジネスモデル+最新・特殊技術」で優位性を維持することが好ましいですが、技術への投資が必要なため、ある程度の資本が無いと難しい。

しかも、以前と比べると、最新・特殊技術により優位性を保持できる期間が短くなってきているため、初期投資を回収できないうちに優位性が無くなってしまう。。なんてことも増えてきました。

そんな時代に優位性を保つためには、「優れたビジネスモデル+最新・特殊技術+アルファ」が必要となります。「+アルファ」は、全国展開する店舗や物流拠点といった「モノ」であったり、専門分野に特化した優秀な人材のネットワークといった「ヒト」であったり、サービスの利用を通じて日々蓄積される個人情報といった「情報」だったりします。

この「+アルファ」が複数の組合せで優位性が高ければ、「優れたビジネスモデル+枯れた技術+アルファ」でも良いわけです。

電子政府を見ると、保有する「情報」では圧倒的な優位がある一方で、人材の弱さが目立ちます。

「貧弱なビジネスモデル+中途半端な技術+活用できないアルファ」

これが、日本の電子政府サービスと思います。

●技術が生み出すビジネスモデルも

こうして見ると、技術に対するビジネスモデルの優位性が目立ちますが、技術がヒントとなって新たなビジネスモデルを生み出すこともあります。

そもそも、全く無の状態でビジネスモデルが生まれることはあり得ず、現存するモデルの影響を受けているわけです。

しかし、これまでは想像することも困難であったことが、新しい技術により可能になると、新たなビジネスモデルが生まれたり、今までは価値の無かったビジネスモデルが息を吹き返したりします。

●ビジネスの成功にイノベーションは不要

ビジネスを徹底すると、より確実な投資回収が好まれ、リスクは少ない方が良いことになります。いわゆる「投機」は避けられ、「投機」を投資対象に組み込む場合は、割合を非常に少なくしておきます。

この考えで言えば、ビジネスにイノベーションは不要となります。イノベーション(革新)なんて不確実なものに頼らずとも、もっと楽して確実に利益を上げることができるからです。

別の言い方をすれば、イノベーションは生み出そうと思って生み出せるものではなく、「遊び」「無駄」「好奇心」といったビジネスや利益とは無関係そうな環境から「生まれるかもしれないなあ」といった感じです。

●電子政府に必要なのは、確実な投資

電子政府が政府主導で実施されている状況では、最新・特殊技術への投資は避けるべきであり、間違っても政府自身がイノベーションを生み出そうとしてはいけません。

政府には、最新・特殊技術を考えたり育てたりする能力がありませんし、イノベーションが生まれる最適な環境や文化と間逆にあるからです。そうした役割は、民間に任せておけば良いのであり、下手に政府が干渉(=邪魔)してはいけません。

低迷を続ける住基カードや公的個人認証などは、その良い例でしょう。

税金を投入する電子政府に必要なのは、より確実な投資であり、優れたビジネスモデルの「模倣」と、「枯れた技術」の活用です。

これが、数多くの事例を研究してきた作者の結論です。

“経営情報論 新版:ビジネスモデルと技術の関係、電子政府で技術は育たない” に8件のコメントがあります

  1. イノベーションとマネジメント
    panda3desuさん、こんばんは。
    コメントありがとうございます。

    私自身は、イノベーション=マネジメントとは理解していませんが、マネジメントが重要な要素であることは認識しています。

    イノベーションの定義は、Wikipedia
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
    などに書いてありますが、「アイデアや技術の組み合わせから生まれてくる成果」のうち、特に優れたものと理解しています。生まれた成果が「果たしてイノベーションであるかどうか」は、かなり時間が経ってから出ないと、共通認識とならないようですね。

    ですから、
    ・単なるアイデアをビジネスモデルまで高め
    ・必要な技術を結びつけ
    ・全体を取りまとめながら
    ・各要素の可能性を引き出すことで
    ・相乗効果を高め
    ・最終的な成果(=イノベーションになるかもしれない)を生み出す
    といった作業は、まさにマネジメント能力が問われると思います。

    しかし、個々のアイデアや技術と言った要素がなければ、マネジメントを発揮する機会もないわけですから、イノベーションにとってはマネジメントも一つの要素に過ぎないと思うわけです。

    イノベーションが「チームによる成果」だとすると、マネジメントを担うリーダーの素質が重要ですが、チームを構成するメンバーも同じくらいに重要というわけです。

    また、「マネジメント」という言葉からは、「管理・統制」といった印象を受けることも確かだと思います。この「管理・統制」が強く出すぎると、イノベーションが生まれる可能性は低くなると思います。

    マネジメントのリーダー(マネジャー)自身が、「遊び心」「旺盛な好奇心」「無駄から生まれる効果」などを理解し実践していると、イノベーションも生まれやすいのではないでしょうか。

    なお、「電子政府にイノベーションは必要ない」と書きましたが、それは個々のアイデアや創意工夫を否定するものではありません。むしろ、奨励しています。

  2. 登記識別情報には技術を使ってほしいなあ
    まあ、登記識別情報に限ったわけではありませんが、多要素認証技術では、世界をリードしてもらいたいですねえ。

    司法書士の読者が多い登記雑誌に、民事局の補佐官が書いてますが、やはり、オンライン利用拡大計画のID,PW方式や、士業確認による添付書類削減には消極のようです。
    まあ、電子署名法による推定効、登記識別情報も提供することによる多要素認証、これをベストと考え、新不動産登記法を設計したのでしょう。

    紙に目隠しシールを貼っただけではねえ。まあ、オンラインで受信したものは暗号化するというのは当時としてはハイテクだったのでしょうが。

    あ 評価委員会によるアンケートあるようですね。どうやら選ばれたみたいです。

  3. 技術に罪は無し
    sagoさん、こんばんは
    コメントありがとうございます。

    登記識別情報は、技術とは関係の無い、単なる「欠陥制度」と思います。

    手続ごとに識別番号等を付与することは、手続内容や履歴の管理・検索等に活用するのであれば、悪い方法ではないと思います。「付与した番号等をオープンにして活用する」ということです。

    しかし、「登記識別情報を認証要素の一つとして活用する」のは、あまりに浅はかです。誰が考えたのかわかりませんが、電子認証の専門家であれば、こんな間抜けな仕組みは考えないでしょう。

    情報(知識)を認証の要素として使う場合は、「本人しか知り得ない」ことが条件ですが、「登記識別情報」がこの条件を満たしかつ維持させることは、まず無理な話です。もちろん、そのコスト(無駄になる)もバカになりません。

    法務省がベンダーにカモられたのか、中途半端に技術をかじった役人が思いついたアイデアを誰も止められなかった(理解できなかったのか)のかわかりませんが、相当に恥ずかしい制度と思いますので、早いところ止めた方が良いと思います。

    ID,PW方式の導入(電子署名不要)は、バックオフィスの連携・統合(個人情報・取引情報等の共有・DB化)が進まないと、難しいでしょうね。

    士業確認による添付書類削減は、士業による悪用が増えそうなので、その防止措置が十分に取られない限り、あまりオススメできません。

  4. 誰も止められない「登記識別情報」制度
    >法務省がベンダーにカモられたのか、中途半端に技術をかじった役人が思いついたアイデアを誰も止められなかった(理解できなかったのか)のかわかりませんが、相当に恥ずかしい制度と思いますので、早いところ止めた方が良いと思います。

    とは、むたさんですが・・・・・

    いったい誰が止めることができるか。ここは政治的判断でやるしかないでしょうね。
    政治家を誰が動かすか、ですが・・・・・。

    さて、悩ましいので、このままの状況で5年は続くかも。まぁ、政権交代でもあれば別な動きがでるかもしれないが。これはこれで当てにはならない。

  5. さすが
    >中途半端に技術をかじった役人が思いついたアイデアを
    >誰も止められなかった

    多分 これだと思います。

    >「付与した番号等をオープンにして活用する」

    うーっむ 正月間の宿題か、いや、今年は休みがほとんどないので、アンケートに間に合わないかもしれませんが、このコメントの意味を熟考したいと考えます。

    私も、士業確認方式は、性善説に立てないので同感です。

  6. 誰もその意義が理解できない「登記識別情報」
    >登記識別情報は、技術とは関係の無い、単なる「欠陥制度」と思います。

    というか、この制度を国民申請者は、ほとんど理解できないでいるのではないか。
    いったい誰が考えたのか。

    まぁ、不動産登記に関わる申請者は、個人としては一生の内に一回あるかないか。
    だからこそ、簡単明瞭な制度にすべきなのに、・・・・・

    もしかすると、「登記識別情報」をきっちり理解しているものは、100人もいないかもしれないですよね。
    法務省担当も分からない、登記所職員もよく解らない、司法書士もよくわかっていない。もちろん、ベンダーなんてさっぱりわかっていないだろうし。

    ほとんど理解不能な制度を、今後も堅持するというのも、ほんと分かりづらいです。

  7. 短くて5年?
    sagoさん、イエモリさん、こんにちは
    今年も宜しくお願い致します。

    登記識別情報制度は、単なるオンラインシステムの導入とは異なり、法改正による制度ですから、ご指摘のように止めるのは難しいと思います。

    不動産登記法の第一条
     この法律は、不動産の『表示』及び不動産に関する権利を『公示』するための登記に関する制度について定めることにより、『国民の権利の保全』を図り、もって『取引の安全と円滑』に資することを目的とする。

    この目的を情報化社会・ネットワーク社会で実現するためには、「透明性の確保」と「登記情報の有効活用」が必要でしょう。

    例えば、自分の持ち家の登記情報なんて、いつでも無料でオンライン閲覧できるのが当たり前と思います。そんなことさえ実現できていない段階で、オンライン登記申請なんて無理な話なんですよね。

    本当に次世代の登記制度を実現したいのであれば、新しい社会システムをデザイン・設計できる人の関与が必須と思います。

    法務省や司法書士さん(ら法律関係者)+情報システム関係者だけで考えても、また同じようなものができてしまうことでしょう。

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