「電子署名」は「署名」にあらず、誰のために何のために使う?

PKI Day 2007 – <PKIの過去、現在、未来>』に午後の後半部分から参加しました。大変参考になる内容で、PKIに関わる方々の様々な思いを感じることができました。良い機会なので、改めて「法律」の観点から「署名」について整理してみようと思います。

●法律上の「署名」とは

法律上の「署名」とは、文書に自らの氏名を記すことです。

「署名」の意味するところは、大きく分けて2つあります。

1 自らの意思によることを証する:契約書、申請書など
2 責任の所在を明らかにする:許可証の発行など

どちらも、「文書等を作成する」という「行為」と、「作成者」という「人」がセットになっています。

・文書等の作成
・作成する人

このどちらが欠けても、法律上の「署名」は成立しません。

例えば、芸能人が色紙にサインを書いたとしても、「文書等の作成」とは言えませんので、法律上の「署名」とは言えません。

●署名の方式

「署名」は、本来は「自署」、つまり「本人が手書きで記す」ことを意味します。

ですから、「自署」でないものは、「署名」ではありません。

ただし、法令等により「署名」の代替手段として「記名押印(捺印)」が認められています。

「記名押印」は、日本における法慣習・商慣習等の影響もあって、私法上(民民の取引)や裁判上などで、広く認められています。

そのようなわけで、実務では「署名」に代えて「記名押印」が使われることが多いのです。

●署名に関する法律例

★商法(第三十二条)
この法律の規定により署名すべき場合には、記名押印をもって、署名に代えることができる。

迅速性・効率性が要求される商法上の行為(BtoB)については、基本的に「記名押印」で足りるようになっています。

★外国人ノ署名捺印及無資力証明ニ関スル法律(第一条)
 法令ノ規定ニ依リ署名、捺印スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名スルヲ以テ足ル
2 捺印ノミヲ為スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名ヲ以テ捺印ニ代フルコトヲ得

外国人は、印鑑を持っていないケースが多いので、押印(捺印)が義務付けられている場合であっても、署名(サイン)だけで足りるとされています。

もちろん、外国人が印鑑を使うことは何の問題もありませんし、印鑑登録もできます。

★民事訴訟法(第二百二十八条)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

「署名」か「押印」があれば、その文書は、とりあえず「ほんもの」と判断されます。

何とも甘い基準ですが、それだけ「記名押印」が普及しているとも言えます。

★電子署名及び認証業務に関する法律(第三条)
 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

私文書が電子的に作成された場合、署名・押印に代えて、一定の基準を満たした電子署名を付することにより、「ほんもの」と推定されるようになります。

★民法(第九百六十八条:自筆証書遺言)
 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2  自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

文書の作成について、非常に厳しい条件を課している例です。

「自署+押印」だけでなく、文書全体を「本人による手書き」が必要としています。

●「電子署名」は「署名」にあらず

「記名押印」は、「署名」の代替手段であって、「署名」ではありません。

同様に、「電子署名」も「署名」の代替手段であって、「署名」ではありません。

「署名」の下に、「記名押印」と「電子署名」が同列で存在するのですね。

時々、「電子署名」は自然人にしか認められていないので、法人や機器(サーバ等)にも「電子署名」を認めるべきだ。といった主張が見受けられますが、法律的に言えば、この主張は間違いです。

なぜなら、「署名」は自然人(法人の場合は「代表者」)にのみ認められる行為だからです。

「署名」の代替手段に過ぎない「電子署名」が、自然人以外に認められると、もはや「署名」の代替手段を超えた別の存在となってしまいます。

もちろん、技術的には、サーバ等に電子証明書を発行し、秘密鍵で電子署名(デジタル署名)を生成することは、何の問題もありません。

ただし、この場合の電子署名は、「署名」の代替手段である「電子署名」とは別のものです。

もし、法律にサーバ等による電子署名の効果を何らかの形で取り入れたいのであれば、「署名」という言葉から離れて、別の用語にした上で(例:タイムスタンプ)意味や効果を定義するのが良いでしょう。

●誰のために電子署名を活用するか

作者は、電子署名の法的な効果について、それほど期待していません。むしろ、その利用リスクについて危惧するところが大きいのです。

例えば、電子署名による不動産登記のオンライン申請があったとしましょう。

形式的な要件が揃っていれば、有効な申請として処理されます。

ところが、後で裁判になって調べてみると、実際の売主は高齢者で、インターネットやパソコンとは無縁の生活をしている。売買された不動産は、売主が現に住んでいる土地と建物で、他に行くあてもない。

そんな状況では、たとえ電子署名があったとしても、その申請行為が否定されなければ、弱い立場にいる個人が著しく不当な扱いを受けることになってしまいます。

「電子署名」が普及しないのは、付随する「コスト」や「手間」も要因と言えますが、それらは本質ではないと思います。

もし、「電子署名」が

・消費者を保護する
・行政の不当な扱いから国民を守る

といったポリシーを徹底し、具体的なサービスとして実現していくのであれば、普及する可能性は高くなるでしょう。

しかし、今後も

・BtoBの電子商取引を活性化する
・行政の視点で行政手続をオンライン化する

ために「電子署名」を使っていくのであれば、普及は進まないでしょう。

電子署名の関係者の皆様、そろそろ視点を変えてみてはいかがでしょうか