データ駆動型のデジタル国家に「ITに詳しい政治家」は必要なのか? ―― 技術介入ではなく、ガバナンスに責任を持つという役割
データ駆動型デジタル国家の実現において、政治家が個別の情報システム設計や技術的実装に関与する必要はなく、むしろ、政治家の関与はガバナンス領域に限定され、技術実装領域には制度上アクセスできない構造とする方が望ましいです。
一方で、データの位置づけ、権限配分、責任、法制度、長期的な国家アーキテクチャといったガバナンスの領域には、政治家が明確に関与すべきです。その上で、政治家が良質な政策立案とその実現に集中できる環境を整えることが重要です。
エストニアでは、政治家と官僚・専門職の役割が明確に分離されています。
政治家:何を実現するか(目的・権限・責任・合法性)
官僚・専門職:どう実装するか(アーキテクチャ・技術・運用)
この明確な分離により、分散型アーキテクチャ(X-Road)の枠組みを政治的に保証しながら、X-Road等のシステム開発は専門家に委譲して、政治家の介入を避けています。
日本では「ITに詳しい=技術を判断できる」という誤解が、政治介入を正当化してしまう構造があります。
政治家が「関与すべきでない」領域は、次の通りです。この領域への政治家の介入は、調達不正リスクや技術陳腐化を招きます。
・システム構成・DB設計
・技術方式(XMLかJSONか等)
・UI設計、業務フローの細部
・ベンダー個別案件
・専門的な実現可能性評価を伴わない、移行期限や工程の政治主導決定
システム構築のスケジュールや完成期限の決定は一見「政策判断」に見えますが、移行工程・期限は、アーキテクチャ・運用・技術負債と不可分で、結果として「実装の歪み・暫定対応の恒常化・コスト増・現場疲弊」等を引き起こします。これは、「技術を決めていないつもりで、技術を決めてしまっている政治介入」になります。
エストニアでは、法制度は政治が決めますが、移行速度・工程は専門家側が段階的に設計します。政治は「遅れている理由」を問うことはありますが、政治が「無理な期限」を先に設定することはありません。
政治家が「必ず関与すべき」領域は、次の通りです。政治家はシステム実装への介入はしませんが、その結果については責任は負います。
・データを政策資源・国家基盤としてどう位置づけるか
・どのデータを、どの目的で、どこまで共有してよいか(法的相互運用性)
・責任の所在(誰が説明責任を負うか)
・長期ビジョン(10年スパンの国家アーキテクチャ)
・これらを技術選択や個別案件から切り離し、政治責任として明確化すること
エストニアのデータ主権やonce-only原則(情報の提供は一度だけ)は、政治主導で法制化されました。
日本では、ITに詳しいとされる政治家が「関与すべきでない」領域にまで踏み込むことがある一方で、「必ず関与すべき」領域において政治家の役割が不十分だったり責任の所在を曖昧にしているケースが散見されます。
マイナ保険証のトラブルや自治体情報システム標準化の遅延・コスト増は、技術そのものというより、政治が関与すべきガバナンス領域と、関与すべきでない実装領域が混線した結果として理解することができます。
2025年6月13日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、三位一体改革(制度・業務・システム)やデータガバナンス強化の取組を推進しています。この流れを受けて、データ駆動型のデジタル国家を実現する際の「政治家の関与の在り方」について、改めて明確に整理し、制度として定義し直す必要があるでしょう。
そこで問われるのは、「ITに詳しい政治家」を増やすことではなく、「政治が責任を持つべき領域と、手を出してはならない領域を制度として切り分けられているか」です。