なぜ日本の自治体DXは「つながらない」のか ― デジタル国家の相互運用性という視点から

2025年12月現在、自治体システム標準化・ガバメントクラウド移行は目標期限(2025年度末)を迎えていますが、多くの自治体で遅延・移行困難システムが発生し、国(デジタル庁・総務省)は支援延長や経費対策を強化中です。一方、運用経費増加やベンダー依存の課題も指摘されています。

本稿では、日本の自治体DXが「つながらない」原因を、技術ではなく制度設計の優先順位という観点から整理しています。

エストニアで2000年代から特に力を入れていたのが「デジタル国家の相互運用性」の確保です。ここで言う相互運用性は、1)法的相互運用性、2)組織的相互運用性、3)技術的相互運用性、4)セマンティック相互運用性の4つに整理できます。

相互運用性の確保は、 ヨーロッパの競争力戦略の一つであり、単一市場の深化やデジタル主権の確立を支える基盤として位置づけられており、前提として政治的背景の理解や法的相互運用性の整理が必要になります。日本の自治体情報システムのデータ連携についても、上記4つの視点が不可欠と言えます。

デジタル国家の相互運用性において重要なのが、「市民中心のサービスを基礎とする国家情報システムを確立したい」という目的の設定です。いわゆる「標準化」と言われるものは、相互運用性を確保するための手段であり、「SaaS型」も同様です。データガバナンスを確立しないまま、手段先行で自治体情報システムの標準化やガバメントクラウド移行を進めても、「相互運用性の確保」は実現できないのです。


デジタル国家の相互運用性の4階層


法的相互運用性(Legal interoperability)
組織間でデータをやり取りし、共同でサービスを提供することが、法的に許容され、阻害されないように制度が設計されていること。異なる組織や制度の間で、個人情報保護、データ共有、責任分担、権限行使に関する法令や規則が整合し、情報の取得・利用・提供が合法かつ一貫した形で行える状態。

具体例:公共情報法、GDPRおよび国内の個人データ保護法、ワンスオンリー原則(once-only principle:同じデータを複数回要求しない原則)

組織的相互運用性(Organisational interoperability)
情報システムを介して連携し、利用者に一貫したサービスを提供するために、関係する組織間で業務プロセス、役割、責任分担が整合していること。

具体例:各制度の根拠法と関係法令で関与する組織の役割と責任分担を規定、各データベースの規則でデータの管理・交換・利用等に関して詳細に規定

技術的相互運用性(Technical interoperability)
データ交換を可能にするためのインフラストラクチャおよびソフトウェアの相互運用性。共通プロトコルの確立、接続管理ソフトウェアの実装、異なる組織間通信のためのインターフェースの整備などを含む。

具体例:データ交換レイヤーとしてのX-Road

セマンティック相互運用性(Semantic interoperability)
異なる組織間で交換される情報について、その意味、定義、構造を同一に理解し、解釈できる能力。

具体例:RIHA(国家情報システム管理システム)でデータモデルや語彙をカタログ化して共有


インフォグラフィック:デジタル国家の相互運用性(Geminiで作成)

 


エストニアでは、法令で定める公的な業務を遂行する上で必要となるデータについては、「誰が正しさを保証し、誰が管理し、誰が使ってよいか」が法制度レベルで完全に分解・可視化されています。

つまり、法的相互運用性と組織的相互運用性が確保されていることを前提に、技術的相互運用性やセマンティック相互運用性の具体的な内容を定めることで、はじめて「デジタル国家の相互運用性」を確保できるということです。これは、行政が一度取得したデータを繰り返し提出させないという「ワンスオンリー原則」を制度的に実現する前提でもあります。

逆に言えば、これらの前提が整理されないまま技術的標準化やクラウド移行を進めても、実質的な相互運用性は確保されません。日本は現在、自治体DXを技術導入やシステム標準化として進めているものの、制度設計の段階から相互運用性を前提としていないため、技術的相互運用性を含めた実質的な相互運用性が確保されないリスクの高い道を進んでいると言えるでしょう。

その具体例が、技術的相互運用性の欠如を起因とする「情報提供ネットワークシステムにおける単一障害点(SPOF)の問題」であり、技術的相互運用性(API設計)およびセマンティック相互運用性(データ定義)の欠落を起因とする「標準化に伴うAPI連携の失敗(API名義だが中身はファイル転送、リアルタイム性・意味整合なし)」なのです。これらの具体例も、元をたどれば法的相互運用性や組織的相互運用性の欠如にたどり着きます。

政府全体として、技術導入の前に制度設計としての相互運用性を再定義することが、次世代の電子政府を再構築するための不可欠な出発点になるはずです。