日本の緊急事態宣言は必要なかったのか

2020年5月14日に、政府は「緊急事態措置を実施すべき区域」について、一部の都道府県を除き、その指定を解除する方向のようです。世間は「自粛疲れ」の様相で、経済的なダメージも大きいので、制限の緩和は自然な流れと言えるでしょう。

今回は、「日本の緊急事態宣言は必要なかったのか」というテーマについて考えてみたいと思います。

公開されているデータを見る限りでは、直接的な効果については確認できませんが、現在の状況(新規感染者数が減少し、死亡率も少ない)への間接的な貢献はあったのではないかと思います。

私自身は、「EUの緊急事態宣言は思うほどの成果を上げていない、電子政府で現金給付の迅速化を実現すべき」でも書いたように、日本の緊急事態宣言については「大きな効果を期待できるものではなく、やってもやらなくても、どちらでも良い」というスタンスでした。しかし、「実際に宣言してみてわかったことも多く、日本社会にとって良い経験になった」というのが正直な感想です。

 

緊急事態宣言に対する世間の反応

世間の流れとしては、2-3月初め頃までに、野党を中心に「私人の権利の侵害」といった観点から「新型インフルエンザ等対策特別措置法」への反対があり、「緊急事態宣言は必要ない」と考える人がけっこういましたが、3月に入って急激に感染者が増えたことや、マスコミによる過剰報道により、風向きが急に変わりました。

3月下旬から4月初めには、世論の大半が「早く緊急事態宣言を出せ」といった論調に代わり、それまで緊急事態宣言に反対していた人も、一気にトーンダウンしていきました。余談ですが、この一番「早く緊急事態宣言を出せ」の流れの真っ最中でも「必要ない」と言っていたホリエモン氏は本当にすごいと思います。

緊急事態宣言が出された後は、経済的な被害が表面化していく中で、「補償が足りない」といった経済的な支援を求める声が大きくなり、社会の自粛疲れも溜まっていきました。自粛要請下で営業するパチンコ店がニュースになり、外出や営業の自粛要請に従わない人に嫌がらせをする「自粛警察」まで出てきたのを見て、エストニアが安全保障上の脅威として「人々の寛容性の低下による社会的な対立」を重視していることの意味を実感することができました。

エストニアでは、緊急事態宣言の直後に「カジノやスロットゲーム施設の営業禁止命令」が出されたので、営業すると違反行為となり、罰金や営業許可の停止や取消し等の処分が下されます。そんな中で、わざわざ営業する店舗はありません。しかし、日本のように強制力を伴わない要請や指示だと、自粛要請下で営業するパチンコ店のような問題が起き、強制力を持った命令よりも、社会的なリスクがかえって増大する、あるいは私人の権利が侵害されるといった事態になり得ることがわかったのは、個人的には大きな収穫でした。

2020年5月14日現在、緊急事態宣言の終わりを求める人が増えたものの、まだまだ慎重な意見を持つ人も多いでしょう。そうした意見の異なる人たちによる社会的な対立をいかに沈静化していくかが、政府の課題の一つと考えます。

 

緊急事態宣言の意義と効果

緊急事態宣言は、現在の日本で新規感染者数が減少し、死亡率も少ないことへの間接的な貢献はあったと考えます。まず、緊急事態宣言の直前に出された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言(2020 年4月1日)」で当時の状況を確認しておきましょう。なお、この提言の前の3 月 26 日には、海外からの移入が増加していたことも踏まえ、「まん延のおそれが高い」状況である旨が報告されています。

・都市部を中心に感染者数が急増している
・日本全国の実効再生産数は、3月15日時点で 1 を越えている
・3 月 21 日から 30 日までの確定日データに基づく東京都の推定値は 1.7 である
・海外からの移入が疑われる感染者が、3 月 11 日前後から顕著な増加を示している
・感染者数が急増する中で、医療供給体制が逼迫しつつある地域が出てきている
・爆発的感染が起こる前に医療供給体制の限度を超える負担がかかり医療現場が機能不全に陥ることが予想される

これらのポイントや提言に掲載されているデータやグラフ等を見ると、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、4月1日の時点で、かなり状況を正確に把握し、今後の動向を想定していたように思います。すなわち、「感染者が急増したのは海外から移入によるところが大きい」、「感染者数の増加はピークを越えたかもしれないが、予断は許さない」といったことです。

次に、2020年4月6日の安倍総理による「緊急事態宣言の検討状況についての会見」を見てみましょう。会見の中で、次のような発言があります。

『先ほど諮問委員会の尾身会長から御意見を伺いました。足元では、東京や大阪など、都市部を中心に感染者が急増しています。医療現場では既に危機的な状況となっていることを踏まえ、政府として、緊急事態宣言の準備をすべし、との意見を頂きました。』

こうして見ると、世論の後押しはあったものの「諮問委員会の提言や専門家の意見を踏まえて、総合的な観点から、緊急事態宣言を行った」と考えて良いのではないでしょうか。

日本の緊急事態宣言は、「感染者増加のピークが過ぎたかどうか」という観点よりも、「医療現場の危機的な状況をどうするか」といった観点がより重視されたものだと思います。それは、医療崩壊に対する「安全策」であり、同時に、不安を抱える国民に対する「安心策」でもありました。これはリスク管理としては悪くないもので、日本の緊急事態宣言は意味があり、効果もあったのではないかと考えます。

幸いなことに、緊急事態宣言が出された後は、感染者が再び急増することもなく、医療崩壊が起きることもありませんでした。しかし、これはあくまでも結果論であり、限られた人的資源や設備の下で、医療関係者や保健所等の公的機関で働く方々の尽力により、現在の比較的安定化した平和な状況があります。欧米のように重症化率や死亡率が高くなかったことは、日本にとって幸運だったと言えるでしょう。

 

緊急事態宣言があると何ができるのか

緊急事態宣言は、自粛の要請や指示ばかりが注目されがちですが、それ以外にも重要な役割があります。例えば、「国や自治体が迅速かつ柔軟に対応できるための組織作りや協力支援体制」、「医療供給体制の確保(強制力あり)」などです。

ですから、国による緊急事態宣言そのものを解除する前に、感染者が少ない地域の指定解除、指定地域における自粛要請の緩和などにより、段階的に進めていくのが良いと思います。エストニアも、出口戦略を決定しましたが、現在は緊急事態宣言の下で、様子を見ながら段階的に少しずつ制限を緩和しています。