社会保障・税番号要綱の内容をチェック、無難な仕上がりだが不明な点も多い

平成23年4月28日付けで「社会保障・税番号要綱(PDF)」が公表されています。表紙や目次を含めても20ページほどで、うまく(無難に)まとまっていると思います。

今回は、その内容について、作者が気になった点を取り上げてみます。

■はじめに

今回の要綱は、現段階での方向性を示すものです。今後、国・地方公共団体・関係機関(日本年金機構や医療保険者等)と調整・検討していく中で、変更されることもあるでしょう。あまりガチガチに固めていないことは、良いことと思います。

■基本的な考え方

・国民が公平・公正さを実感し、
・国民の負担が軽減され
・国民の利便性が向上し
・国民の権利がより確実に守られるような
・社会を実現することを目的とする

これ自体に異論のある人は、あまりいないと思います。注意したいのは、「これからの日本は、負担が軽減されるどころか、増えていくことを避けられない」ということでしょうか。

具体的には、
・医療費の自己負担が増える
・年金が減額される
・年金の支給開始年齢が引き上げられる
・消費税等の税率が引き上げられる

といったことが考えられます。これらは、少子高齢化を迎える先進国では避けられないことと思いますが、要綱の目的にも次のようなことを書いて欲しかったです。

・無駄を減らして効率性を高め、社会全体のコストを減らす
・社会保障関連サービスの生産性を向上する
・必要があれば痛みを伴うことも決断する

「国民にとってあまり嬉しくないこと」ですが、番号制度の導入で、政府や国民がその覚悟を試されることになるのだと思います。

■「番号」を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合の取り扱い

国民の懸念への対応として、「個人情報の追跡・突合に対する懸念」がありますが、その説明

「番号」を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合が行われ、
○ 集積・集約された個人情報が外部に漏えいするのではないかといった懸念
○ 集積・集約された個人情報によって、本人が意図しない形の個人像が構築されたり、特定の個人が選別されて差別的に取り扱われたりするのではないかといった懸念

この整理はちょっと変なので、修正した方が良いでしょう。

いずれにせよ、はっきりさせて欲しいのは、

「番号を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合」の取り扱いについてです。

「番号を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合」は、

1 一切行わない
2 法令に定められている場合は、認められる

これを、どちらにするのか明確にするべきでしょう。

情報連携基盤のみでデータ連携する場合は、「一切行わない」ような気もしますし、例外として情報連携基盤によらないデータ連携を認める場合は、2のように思えます。

認める場合は、

a 同一組織内であれば、認められる
b 同一分野であれば、認められる
c 具体的な活用事例ごとに定める

この辺りをはっきりさせないと、ユースケースを検討しにくいのではと思います。番号を納税者番号として使用する場合は、「番号を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合」ができないと困りますし。。また、第三者機関の制度設計にも影響を与えます。

住基ネットの最高裁判決については、国民ID制度と情報連携基盤が複雑化する理由を考えるで述べましたが、あくまでも参考程度にとどめ、拡大解釈して本来の目的を見失うことがないようにして欲しいものです。

■「番号」の告知義務

今回の要綱で、国民・住民が「番号」の利用者として何をするのかが、少しだけ見えてきました。その一つが、「告知義務」です。

正当な利用目的で「番号」の告知を求められた者は、「番号」を告知しなければならず、正当な理由なく、「番号」の告知を忌避してはならない。

となっていて、義務違反に対する罰則についても検討される予定です。社会保障や税に関係する手続きやサービス利用の場面で、「番号」を求められた時は、本人確認とセットで番号を相手方に告知する必要があります。具体的には、「写真付で番号が券面に記載された住基カードを提示する」といった行為です。

今後は、住民や自治体職員等の利用者に対して、より具体的な利用イメージを提示していくことが大切でしょう。

本人確認等の方法については、これを機会に整理されることを期待します。

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■「番号」の利用制限

「番号」の複製やデータベース作成については、住民票コードと同じような制限があります。しかし、「番号」が民間で広く利用されること、「業務により番号を知り得た事業者」が同時に「法令に基づき番号を取り扱い得る事業者」である場合も多いことなどを考えると、規制は難しいように思います。

最近では、リサイクルショップなどで身分証明書として運転免許証を提示すると、「免許証をコピーせずに免許証の番号を書き留める」ことが多くなりました。業者としても必要以上の個人情報を収集することは避けたいのでしょう。その一方で「免許証の番号」を控えてデータベース化しておけば、偽造免許証の発見が容易になります。要綱には

「番号」は、ICカードの裏面に記載するなど、「番号」ができるだけ複写されない措置を検討する

とありますが、カードのシリアル番号等を券面に記載しておくと、業者による券面コピーの要求を本人が拒否しやすくなると思います。

■「番号」を生成する機関

「番号」を生成する機関については、

現行の住民基本台帳法に規定されている指定情報処理機関が住民票コードを生成してきたことを踏まえ、今後検討する。

となり、「総務省」という記述ではなくなりました。前述した住基ネット最高裁判決とも関係があるので、慎重に検討した方が良いでしょう。

■災害時における情報連携

情報連携については、

例外措置として、著しく異常かつ激甚な非常災害への対応など特別の理由がある場合に委員会の許可を受けたときには、情報連携基盤を通じた情報連携ができることとする。

といった記述が追加されました。緊急時における迅速かつ適切な対応のために番号を利用できるのは良いことでしょう。緊急時が終わって、通常・継続業務に戻る時の取り扱いなどを含めたBCP(業務継続計画)を策定できるように、国や自治体向けのBCP作成ガイドラインに番号の利用について追記しておくと良いですね。

■情報保有機関が保有する本人確認情報の住基ネット情報との同期化

個人的に驚いたのが、「住基ネット情報との同期化」に関する記述です。

情報保有機関は、都道府県知事に本人確認情報の提供を求めることができることとし、各情報保有機関の責任で保有する本人確認情報について、各情報保有機関において必要な頻度で住基ネット上の本人確認情報との同期化に努めることとする。また、その際に住基ネットから直接本人確認情報を情報保有機関に的確に提供するための措置を住民基本台帳法において講じる。

氏名・住所・性別・生年月日などの住民基本情報を関係機関と共有し、住所変更等があると、その変更内容が通知され同期するのは、フラットモデルを採用するデンマークなどが行っていることです。住民基本情報を関係機関と共有することで、自治体の窓口等で一度だけ住所変更を行えば、自動的に他の機関にも住所変更が通知されるので、引越しワンストップサービスが実現することになります。

個人的には、大いに賛成するところなのですが、日本でこれを行ってしまうと、わざわざセクトラルモデルを採用する意味が無くなってしまうのではないかと思います。なぜなら、共通番号の代わりに氏名・住所・性別・生年月日の4情報をキーにすれば、理論上は組織・分野横断的に検索・名寄せできてしまうからです。住基ネット上の本人確認情報と同期するということは、外字の問題にも対応するということですから、住基ネットに記録されている4情報をキーにすれば良いのです。

もちろん、各データベースへのアクセスは制限されていますので、現実として上記のような検索・名寄せができるわけではありませんが、セクトラルモデルを採用する意味がますますわからなくなってしまいます。

■情報連携基盤の運営機関等

情報連携基盤の運営機関及びマイ・ポータルの運営機関の具体的な組織の在り方については、引き続き検討する。

となっています。情報連携基盤の運営機関については、情報保有機関になり得ない第三者的な機関とするべきでしょう。

■ICカードの交付

自己に関するアクセス記録を確認する権利を個人に対して保障する観点から、交付の対象者、交付時期、交付方法、費用負担等について、引き続き検討する。

となっています。現時点では、全国民・住民への配布(取得の義務付け)は決めていないようです。

■第三者機関

第三者機関については、「番号制度における個人情報の保護」、「番号に係る個人情報の取扱い」というように、必ず「番号」とセットになっています。これは、諸外国における個人情報・データ保護を担う第三者機関と設置趣旨が異なるということなのでしょう。

オーストリアのセクトラルモデルでは、技術的には「不可逆暗号」がポイントですが、制度面でのポイントは「第三者機関」です。この技術と制度により、「横串を通さないこと」と「信頼の起点への追跡を困難にすること」を実現しています。

要綱に書かれた第三者機関については、関連する項目が不明なものも多いため、現時点での評価は難しいのですが、
・情報連携基盤の運営機関が不明である
・情報連携基盤の運営機関との上下関係がはっきりしない
・監督対象機関に対する実行力が弱いのではないか

などが懸念されます。「情報連携基盤の運営体制」や「番号を用いた個人情報の追跡・名寄せ・突合の取り扱い」などが明らかになってくれば、第三者機関の役割や権限も決めやすくなるでしょう。

しかし、わりと重要な点が不明なまま、6月に公表を予定している「社会保障・税番号大綱(仮称)」は間に合うのだろうかと、ちょっと心配になります

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