電子申告に見る行政の誤解、行政システムは特別ではない

国税庁オンラインサービスの改善について』で、イータックスの費用対効果について提言したのですが、この件で国税庁の方とお話しする機会がありました。担当されている方において、多くの誤解もあるようなので、改めて整理したいと思います。

イータックスの費用については、『なぜ、電子政府で「一件当たりいくらか」を評価するべきなのか』で解説してあるのですが、改めてその一部を紹介しておきましょう。

★専用システムのベスト3(会計検査院調べ)
1 総務省電波利用電子申請・届出システム 172億9300万円
2 国税電子申告・納税システム(e-Tax) 166億1600万円
3 電子出願関連事務処理システム 13億2400万円

※多くの電子申請システムが「億円」単位で済んでいることを考えると、桁二つ違いの「百億円」単位となっている1位と2位は、やはり異様ですね。
※ちなみに、利用率が70%を越えるオーストラリアの電子申告システムの場合、システム開発に要した初期開発費が800万ドル、年間維持費が200万ドル、2002年までに約1,500万ドルの費用を計上しています。費用対効果は、なんと日本の千倍以上です。

この状況について、国税庁の見解は次のようなものでした。

・一般競争入札を実施して、最も安価な業者を選んでいる
・会計検査院から「高い」といった指摘を受けていない
・他省庁の申請システムが安すぎる
・処理件数が多い
・一時期に利用が集中する(特に確定申告時期の最後の一週間)
・そのピーク時に機器性能を合わせる必要がある
・高度なセキュリティが必要とされる
・今後、電子申告の利用率拡大に伴い、さらに機能を上げる必要があるので、維持費用は更に高くなっていく

まず、一般競争入札の実施は、政府調達の基本であり、特別なことでありません。

他省庁が、数億円から数十億円で申請システムを構築できている以上、イータックスだけ特別とするのは無理があるでしょう。

●電子申告システムは「特別」ではない

・処理件数が多い
・一時期に利用が集中する
・高度なセキュリティが必要とされる

といった点は、電子申告の「特徴」ではありますが、それをもって電子申告システムが「特別」とはなりません。

上記のような特徴を持ちながら、より要件の厳しいシステムが存在するわけですから。

例えば、処理件数ですが、

e-Taxの利用件数(国税庁発表)によると、平成18年度で
・オンライン利用促進対象手続:1,057,153
・それ以外の申請・届出等手続:766,978
・納付手続:211,253
となっており、全部足しても「年間で200万件」ぐらいです。

そもそも、確定申告書の提出者数が年間で2400万弱なので、電子申告の利用率が50%を超えたとしても、年間の処理件数1200万件ぐらいなのです。

関連>>平成18年分の所得税、消費税及び贈与税の確定申告状況について(国税庁)

仮に、確定申告時期の最後の一週間に、100万件の電子申告があったとしましょう。「一週間で100万件」と聞くと、なるほど大変そうです。

しかし、以前に能力不足を指摘された東証のシステムを見ると、現行システムの処理能力は「1日1400万件」となっています(2009年後半には、その44倍の処理能力を提供する予定)。

なお、2009年後半に稼動を予定する東証の次世代売買システムの総投資額は220億円となっています。

関連>>【特集】東証システム問題:ITpro

●最大利用時に機器性能を合わせることが必要?

情報通信ネットワークやコンピュータの能力向上に伴い、必要に応じて利用できる「オンデマンド」なサービスが増えてきました。

関連>>データ・センター:場所貸しから脱しユーティリティ型サービス続々(ITpro)

オンデマンドサービスを上手に活用すれば、ピーク時に機器性能を合わせる必要はなく、オーバースペック(宝の持ち腐れ状態)を防ぐことができるのです。

なので、国税庁の担当者にも、「オンデマンドサービスを活用されては?」と提案したところ、

「全て自前で運営しているが、使っている機器を(確定申告期間中に)取り替えられる(性能アップできる)のか」といった回答が。。

これにはビックリしましたが、担当者の認識レベルは、これが現状なのですね。

ベンダーさんから見ると、「鴨がネギと鍋とポン酢醤油を持って歩いてくる」ように映るかも

オンデマンドサービスは、「テレワークで働いてくれる派遣社員」のようなものです。

出社することなく、忙しい時期にだけ、仕事を手伝ってくれるのです。

通常は、社員一人でやっているけど、忙しい時期はヘルプの派遣社員が3人ぐらい欲しいなあと。

電子申告でも同様です。確定申告時期のような繁忙期だけ、ネットワーク経由で他のコンピュータに処理を手伝ってもらえば良いのですね。

しかし、規則や契約で「派遣社員やアルバイトは一切使ってはいけない」となっていたら、どうなるでしょう。

通常は、社員一人でやっていけるのに、忙しい時期に合わせて常駐の正社員を3人雇ったとしたら、費用対効果が低くなるのは当たり前のことです。

関連>>電子政府サービスにおける開発手法のあり方(2):今後の注目は「レンタルモデル」電子政府サービスにおける開発手法のあり方(4):最適な開発手法の選択は、「サービス」を育てる発想で

●現状を踏まえた上で、契約等の見直しを

作者が最も恐ろしく感じたのが、

「今後、電子申告の利用率拡大に伴い、さらに機能を上げる必要があるので、維持費用は更に高くなっていく」ということです。

環境の変化等を踏まえたコスト削減可能性の検討をしないまま、このような認識が続くことの無いよう、作者としても繰り返し提言していきたいと思います

関連>>“発注者視点”で外部設計書を標準化、NTTデータなど9社がガイドライン

“電子申告に見る行政の誤解、行政システムは特別ではない” に6件のコメントがあります

  1. ほぉー!!
    このトップ1の電波利用電子申請システムですが、いったい年間どの程度の申請件数があるんでしょうね。分母は? そして分子は?

    それにしても驚く措置ですね。

    >★専用システムのベスト3(会計検査院調べ)
    1 総務省電波利用電子申請・届出システム 172億9300万円

  2. かもネギ と 濡れ手に粟
    むたさんの、

    >ベンダーさんから見ると、「鴨がネギと鍋とポン酢醤油を持って歩いてくる」ように映るかも

    濡れ手の粟のぼろい商売、いまどきこのようなうまみのあるビジネスはそうそう無いからなぁ。。。

  3. 政府の情報システム調達
    イエモリさん、こんにちは。
    コメントありがとうございます。

    電波利用電子申請は、利用促進の対象になっていないので、利用件数や利用率が見えてこないですね。

    一件あたりの費用については、政府でも調査中と思います。
    ですから、パスポート電子申請のように、いきなり廃止(あまり好ましくないのですが。。)と公表される申請システムもあるかもしれないですね。

    ベンダーさんも慈善事業でないので、電子政府で儲ける(利益を出す)ことは大切です。

    実際には、「濡れ手の粟のぼろい商売」というわけでもなくて、ベンダー側も様々なリスクを抱えているわけです。

    一番良いのは、国民も行政もベンダーも、みんながハッピーになることで、それが私の目指すところです。

    良い機会なので、「情報システムに係る政府調達制度」について、別ブログで改めて整理してみたいと思います。

  4. こういう心配が
    税電子申告で自治体パンクの恐れ 端末足りず
    http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000642377.shtml

    とらに狸のなんとやらにならなければいいですが、まあ、公的個人認証が使われるのですからいいことです。

    しかし、世田谷で端末が1台ですか。それはあんまりだ。

  5. それほど
    sagoさん、こんばんは。
    最新情報ありがとうございます

    5千円還付は、政府としてはかなりの太っ腹ですが、インセンティブとしては弱いですね。

    具体的な還付の条件を見てないので、詳しい言及はできませんが、「機器を誰から借りるの?」と思います。

    さらには、
    ・証明書の取得
    ・機器の接続
    ・各種ソフトウェア等の取得とインストール
    ・申告データの入力・送信
    といった作業を考えると、5000円では元を取れないかなあと。

    一万円にすれば、ある程度の効果が期待できるかも。

    併せて、
    ・国税庁が無料の電子証明書を発行(ダウンロード方式)する
    ・電子署名なしで電子申告できるようにする
    とすれば良いと思います。

    しかし、とりあえず住基カード&公的個人証明書の需要は増えそうですから、各自治体は今のうちに対応策を考えておかないといけませんね。

  6. 贈与税とは
    贈与税とは、個人から現金や不動産などの価値のあるものをもらった時にかかる税金です。1年間に110万円を超える財産をもらった場合に、贈与税がかかります。この財産には、現金、預貯金、 有価証券、土地、家屋、貸付金、営業権など金銭に見積もることが可能な経済的価値…

コメントは停止中です。