「住民票コードの削除請求」が意味するもの、電子政府に対して国民は「NO」と言える

「住民票コードの削除請求」について、大阪府箕面市長へのインタビュー記事がありました。住基ネットについては、以前に「住基ネットを考える」などで解説していますが、良い機会ですから、「住民票コードの削除請求」の意味を考えてみたいと思います。

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記事にあるように、“住基ネット訴訟(豊中市・箕面市・吹田市・守口市・八尾市)”において、「住民基本台帳から、原告(控訴人:住民)の住民票コードを削除せよ」と命じる大阪高等裁判所の判決がありました。

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大阪高裁の判決は、「より良い電子政府・電子自治体を実現する」という観点からは、「良い面」と「困った面」があります。

●大阪高裁判決の良い面

作者が一番評価してるのは、政府が進める電子政府であっても、国民の理解や信頼を得ることを怠れば、「利用してもらえない」だけでなく、電子政府への参加自体を、国民が「NO」と言って拒絶できる。という点です。

この点は、「より良い電子政府・電子自治体を実現する」ために、とても大切なことです。

電子政府・電子自治体では、「利用者の視点」「国民の参加」といったことが言われますが、実際には行政の都合で一方的に進められることが多かったように思います。

今回の判決を受けて、電子政府・電子自治体のインフラやサービスを提供する人たちが、「利用者の視点」「国民の参加」について真剣に考え、国民・市民の理解や信頼を得ることの大切さを再確認することができると思います。

●大阪高裁判決の「困った面」

その一方で、「困った面」もあります。それは、電子政府・電子自治体のイメージが悪くなってしまう(ブランドが傷つけられる)ことと、ただでさえお金がかかる電子政府・電子自治体に、更なる費用が発生し、より多くの税金が使われてしまうという点です。

電子政府・電子自治体のイメージやブランドについては、今後は国民・市民を置いてけぼりにすること無く、一緒により良い行政サービスを考え作り上げていくことで、少しずつ回復していくしかありません。

更なる費用の発生については、自治体が負担しようと国が支援しようと、結局は税金が使われることになります。システム改修の費用だけでなく、「第三者による監視機関」を設置・維持する費用が発生するかもしれません。

●行政が学ぶべきこと、今後するべきこと

住基ネット関連訴訟、いま行政がやるべきことは」でも触れましたが、「住民との信頼関係の回復」と「自身の透明性の向上」を進めるために、何ができるか考えることから始めましょう。

すでに実施している電子政府・電子自治体サービスについては、「利用」だけでなく「参加」を呼びかけましょう。新しいサービスの検討については、企画の段階から市民の参加をお願いしましょう。

もう一つは、「第三者による監視・チェック」の検討です。「第三者による監視・チェック」と言うと、専門家によるシステム監査や会計監査を思う浮かべるかもしれませんが、それだけではありません。

専門家によるチェックはお金がかかるので、必要性や優先度を考慮しながら、それぞれの財政事情に応じて実施すれば良いでしょう。

それに加えて、積極的な情報公開を行い、国民や市民が、いつでも監視・チェックできるようにする。国民や市民の代表者で構成される委員会などに、定期的に報告する。そうした取組みが必要と思います。

「第三者による監視・チェック」の大切さは、住基ネット問題に限りません。個人情報保護、情報セキュリティ、内部統制、業務継続性などの観点から、今後ますます重要性が高まってくるのです。

しかし、使い方を間違えると、お金ばかりかかって実が少ない「第三者による監視・チェック」となってしまう可能性があります。

上手に使えば、「不正行為等の発見・防止」だけでなく、「行政職員の意識改革」や「市民と行政の信頼関係の構築」など、「より良い電子政府・電子自治体を実現する」ために大変良い効果をもたらしてくれるのです。

●「住民票コードの削除」の効果

「住民票コードの削除」によって、政府による監視・管理、プライバシー侵害、個人情報の漏洩等が防げるわけではありません。

政府・自治体が保有するコンピュータには、国民や市民の様々な個人情報が記録され利用されています。その中には、業務と関係なく閲覧したり、情報を集めて秘密リストを作成することが可能なものもあるでしょう。作者自身は、「住基ネットは、だいぶましな方」と思っています。

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このことは、住基ネット訴訟の原告の方々も理解されていることと思います。

「住民票コードの削除」の効果として最も大きいのは、やはり「政府に対する国民からの警告」だと思います。政府による監視・管理を予感させるようなものについては、国民はNOと意思表示できるんだ。政府の勝手は許さないぞ。という警告です。

もう一つの効果は、費用対効果も含めた「住基ネットの必要性」を再検討する機会の提供です。

今回の訴訟の原告である市民が、実際に住民基本台帳から「住民票コードの削除」をしてもらったとしましょう。

果たして、その方は日常の生活に困るでしょうか。「いいえ、まず困ることは無いでしょう。」というのが作者の感想です。

「住基カードを持ってもメリットが無い」と言われたりしますが、「住民票コードの削除」による個人のデメリットも、実は少ないのです。

それでは「住民票コードの削除」で誰が困るかと言えば、それは行政です。

削除する作業、システム改修、関係者への説明、新たな削除請求者への対応などなど。「もう考えただけで、恐ろしい。。」というのが正直なところでは無いでしょうか。

これはどういうことかと言うと、住基ネットは「国民のため」ではなく、基本的には「行政のため」という設計思想で構築されていることです。

しかし、構築・実現・運用の過程で様々な批判を受け、多くの軌道修正を余儀なくされました。その結果、「国民のため」「行政のため」どちらにとっても使いにくい(効果を出しにくい)、かなり歪(いびつ)なものになってしまったのですね。

ですから、「住基ネットって本当に必要なの?」「もっと安価で効果の高い良い方法があるんじゃないの?」と考えてみることは、かなり意味があることなのです。

ともあれ、今回の訴訟をきっかけにして、費用対効果も含めた「住基ネットの必要性」を検討するようになるのは、「より良い電子政府・電子自治体を実現する」という観点からは、とても歓迎すべきことです。

●削除請求を取り下げて、お互いの妥協点を考える道も

先に述べたように、「住民票コードの削除」が実現しても、政府による監視・管理、プライバシー侵害、個人情報の漏洩等から解放されるわけではありません。その反面、かなりの費用が発生し、税金が使われることになります。

つまり、住基ネットの費用対効果に疑問があるのと同じように、「住民票コードの削除」の費用対効果も、決して高いものではないのです。

ですから、大阪高裁判決により、国民に「NO」と言えることが確認できたことで、社会的・公益的な意義を得られたと考え、個人としての利益(住民票コードの削除請求)は放棄してもらうという道を考えても良いと思います。

その代わり、行政がするべきことを提示し、納得したもらった上で、公約・公表して実現していくのです。

もちろん、裁判にはお金がかかり、精神的・肉体的な疲労は当事者にしか知りえない大変なものですから、寄付等を募って金銭的な補償を提供することも必要と思います。

今の状態だと、

・原告市民の不安も消えない
・行政の負担も増える
・他の市民の不安も消えない
・他の市民の負担も増える(税金が使われる)

となり、誰にとってもハッピーじゃないように思います。

何とか良い方向へ進むように、行政と市民が歩み寄って、一緒に考えて欲しいですね

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