日本の電子政府でデジタル化が進まない理由: 「業務」を見ている日本と、「情報」を見ているエストニア

デジタル庁のサイトで、デジタル臨時行政調査会(第6回)令和4年12月21日の議事次第と資料が公開されています。

その内容を見ると、デジタル原則を踏まえた工程表の確定とデジタル規制改革推進のための一括法案、デジタル人材を含む民間人材の採用円滑化、機動的で柔軟な政策形成・評価の在り方などがあります。

電子政府に関連して、これまで数多くの「○○一括法」や「○○整備法」などがありましたが、ほとんどデジタル化が進みませんでした。だからこそ、「デジタル臨時行政調査会」が開催されているのでしょう。

今回の資料のうち、河野大臣の名前で公開されている「デジタル原則を踏まえた工程表の確定とデジタル規制改革推進のための一括法案について(PDF/1,216KB)」の12ページ目のスライドを見て、「ああ、今回も同じだな。これではデジタル化は進まないな。」と確信しました。

このスライドでは、規制類型として、目視、実地監査、定期検査・点検、常駐・専任、対面講習、書面掲示、往訪閲覧・縦覧、FD等記録媒体を挙げていますが、書面掲示の主な対応に「インターネットでの閲覧等を可能に」とあります。また、下の注意書きにも、デジタル手続法やe-文書法について、「デジタルで行うことを可能にする」特別法と説明しています。

日本の電子政府(法的根拠のある公的業務)でデジタル化が進まない理由は、まさにこの「可能にする」対応にあります。「デジタルで行うことを可能にする」は、「デジタルでやっても良いですよ」であり、同時に「紙のままでも良いですよ」を意味します。

さて、「デジタルでやっても良いですよ」と「紙のままでも良いですよ」の選択肢が提示された時に、「前例踏襲、変えないことは良いことだ」を文化とする組織は、どちらを選ぶでしょうか。「人手不足で、今の業務を処理するので手一杯」となっている職員は、どちらを選ぶでしょうか。首長などによる強力なトップダウンや命令でも無い限り、ふつうは「紙のままでも良いでしょ」となります。

エストニアでは、行政手続法で、IDカードまたはモバイルIDによる電子署名が付された申請・届出等(電子メールによるものも含む)を受領した場合、自治体を含む行政機関はその申請・届出等を処理することが義務付けられています。「うちは、その手続きはオンライン申請に対応していないから」と拒むことはできないのです。

公的業務を処理する公務員や民間企業等は、業務に関する文書をデジタル(電子データ)で残す義務があります。ですから、エストニアの公務員は、紙の書類を受け取るのを嫌がります。なぜなら、「受け取った書類を電子化して保存する」といった、本来しなくても良い仕事が発生するからです。

エストニアの市町村役場に行くと、窓口に「IDカードリーダを備えたパソコン」が置いてあり、紙の申請・届出ではなく、パソコンを利用したオンライン申請・届出(セルフサービス)をすすめられて、使い方も教えてくれます。

例えば、住所変更の手続きは、国の住民登録ポータルでオンライン届出してもらえば、市町村の仕事はゼロです。市民が「住民登録ポータル」というインタフェースを経由して、国が保有する住民登録データベースのデータを変更・更新するからです。

では、市町村の窓口で紙による住所変更を申請されると、どうなるでしょうか。紙に書かれた住所変更の書類を、OCR読み取りや手作業の入力などにより、職員用インタフェースの業務システムを経由して、国が保有する住民登録データベースのデータを変更・更新することになります。住所変更の書類は、デジタル文書として保存・管理し、情報公開請求などの再利用に備えます。もとの紙の書類は、法令で定める要件に従って適切に破棄または一定間保存することになります。オンライン申請してもらった場合と比べると、天と地ほどの差があります。

日本の場合、市町村ごとに住民データを保有しているので、オンライン申請ができたとしても、エストニアのような「市町村の中抜き」がありません。市町村は、「紙の申請の処理」と「オンライン申請の処理」という二重の仕事を続けることになります。日本には、「いくらオンライン申請の利用者が増えたとしても、市町村の負担がほとんど変わらない」という構造があるのです。私はこれを「データガバナンス(公的データベースの統治)」の問題としています。

なぜ、日本とエストニアで、このような差が生まれるのでしょうか。私が見ていて思うのは、日本が「業務」ばかり見ているのに対して、エストニアでは「情報」を見ているということです。

日本の電子政府は、昔から「業務改革(BPR)」という言葉が好きで、最近では自治体の業務システムを標準化しようと頑張っています。エストニアでも、業務フローを検証することはありますが、それは業務における「情報」の流れを検証して、情報管理のあり方を見直すために行われます。

国にも自治体にも、たくさんの業務があり、時代の要請に合わせて、増えたり減ったりします。業務によっては、毎年のように法令改正があり、そのたびに業務処理の内容が変更されます。こうした業務を一つ一つ検証して、その都度、改善・改良してもキリがありません。

電子政府における「業務改革」は、典型的な「対症療法」なのです。もちろん、「対症療法」が必要な場合もありますが、それらの多くは、わざわざお金をかけたデジタルツールを使ってまで行うほどのものではありません。最近では、DXの名のもとに「対症療法」にお金をかける傾向が強まっているので、特に心配です。

デジタル社会に対応した電子政府を目指すのであれば、「業務」ではなく、「情報」を見る必要があります。データが重要とされるのは、データが情報を構成しているからです。公的業務を処理する中で、どのように情報が生まれて、処理されて、保存・管理されて、再利用や公開がされるのか。情報のライフサイクルを考えて、デジタル社会に対応した新しい情報管理の仕組みを、法制度に落とし込んで、社会に実装していく。それが、電子政府の核心であり、エストニアのデジタル国家が実践してきたことです。デジタル社会に対応した情報管理の仕組みは、すべての「業務」に影響を与えます。なぜなら「業務」を処理するためには、必ず「情報」が必要になるからです。

日本のデジタル庁の今後の取組みに期待します。