エストニアのデジタル国家の維持費用と持続可能性について

E-state sitting on ticking bomb – Estonian news
https://news.postimees.ee/4470707/e-state-sitting-on-ticking-bomb
電子国家を売りにするエストニアが、IT開発・維持管理の費用に関するリスクを抱えていると。
エストニアは、バルト三国の優等生とも言える存在で、現在までは割と順調に成長してきました。北欧諸国やEU経済に影響を強く受けるものの、経済成長率は2-3%で将来的な見通しも悪くありません。1人当たりのGDPが、一つの目安となる2万ドルを突破するのも時間の問題でしょう。
エストニア政府の予算構成を見ると、将来に備えた社会保障や医療、経済、教育に力を入れていることがわかります。

日本と比べて最も異なる点は、ほぼ無借金経営を続けていることです。社会保障や医療は、保険料ではなく税金で支えており、日本でも時々話題になる「歳入庁」を実現しています。税制度は複雑化を避けるためにフラット税制を採用しており、徴税コストはEUで最も低いという状況です。
エストニアの強みとして「デジタル国家」が取り上げられますが、私が彼らの強みと思うのは「身の丈にあった生活ができる」ということです。これは、常に近隣諸国から侵略されてきたという歴史が影響しているようです。「今ある平和で豊かな生活が、これからも続く保証はない」と理解しており、何かあった際の対策を常に考え更新していく。IT投資も、そうした対策の一環と言えます。
2015年頃に調べた時は、エストニア政府のIT関連支出について整理すると、次のようになりました。
・1994-2004年は、国家予算の1%をIT投資
・eIDカード発行、Xロードの整備などを実施
・現在は、5,000-6,000万ユーロ(約70-84億円)
・国家予算の0.6-7%ほどでITシステムを維持・開発
・IT関連支出には、IT要員の雇用・人件費が含まれる
・フィンランドはエストニアの40倍、英国は400倍
これに対して、日本政府のIT関連支出は、次の通りでした。
・日本政府のIT関連支出は、ITバブル期で2兆円弱
・現在は、1兆円前後で推移(一般会計予算の約1%)
・このうち、政府情報システムが約6,000億円
・運用コストが約4,000億円、開発コストが約1,400億円
・地方自治体のIT予算は含まれない
(市区町村は約5,200億円、都道府県は約1,910億円)

国家規模も異なり、日本政府のIT支出も改善されつつあるので、比較は難しいですが、少なくともエストニアは、もっともお金をかけずにデジタル国家を作り維持してきた国の一つだと思います。「お金が無いので、あるもので工夫して作らざるを得ない」という状況が、現在のエストニアのデジタル国家(高い拡張性、低い開発管理コスト)の実現に貢献した面もあります。
ちなみに日本には、年間の維持管理費だけでエストニアの年間IT支出を超えるシステムが存在します。
電子政府のレガシー問題解決に必要な「既存の枠組みからの脱却」
削減後(2015年度)の運用費で見ても、
・記録管理・基礎年金番号管理システム:201億円
・年金給付システム:327億円(削減未定)
・国税総合管理システム:205億円
・登記情報システム:141億円
・特許事務システム:107億円
記事にあるように、エストニア政府のIT関連支出が、1億3500万ユーロ(国家予算の1.31%)になり、その大半が新たな投資ではなく更新・維持管理費用になるのであれば、「身の丈にあった生活」が失われる傾向であり、注意する必要があります。
エストニアが抱える問題の一つに、出生率の低下があります。日本ほどではありませんが、出生率は約1.7で人口が自然に増えることはありません。このままでは、少子高齢化の問題に直面することになります。これまではプラスの収支を続けてきた医療費も、最近ではトントンになり、今後はマイナスになっていく可能性も出てきました。
IT支出については、eヘルスはまだ成長・変革の余地が大きいですが、電子政府は今できることをほぼ完了してしまったので、これからどのようなIT投資を行なうかは難しいところです。
記事にあるとおり、既存システムの維持管理が難しくなり、更新ではなく「刷新」が必要になってくるのは確かでしょう。しかし、日本のようなレガシー問題は少ないので、費用も時間もそれほど負担になることはないと思います。
エストニアでは、今後も経済成長を続けて、人口減少や少子高齢化といった変化に対応していくために、「eレジデンシー(電子居住)」という制度を推進しています。日本の電子居住者も、すでに1200名を超えています。
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