電子政府におけるICカードとPKIの市場(8):電子証明書を活用した電子政府のサービスモデル

電子政府におけるICカードとPKIの市場(7):ビジネスモデルの転換が必要な「電子証明書」の続きです。シリーズの最終回として、電子証明書を活用した電子政府の新しいサービスモデルを提案しておきます。

●これからの電子政府サービス、利用者視点で既存サービスの活用を

作者が提案する電子政府サービスは、国民(や企業)一人一人が利用アカウントを持って、好きなサービスを利用できるものです。

最近になって、ようやくオンライン電子申請の利用対象者を絞り込むようになってきましたが、その先にあるのは国民一人ひとりに向けた情報とサービスの提供です。この分野の先進国としては、シンガポールや英国などがありますね。

個人向け電子政府サービスを実現することで、

・不正利用を防止できる
・情報やサービスを見つけやすくする
・本人が自己の個人情報を管理しやすくなる
・情報の再利用がしやすくなる(同じことを何度も言わなくて済む)

といった効果を期待できます。

以下、サービスの概要を簡単にご紹介しましょう。

(1)トップページの構成

・行政情報ポータルとして機能
・基本情報の閲覧は誰でもできる
・個別情報の閲覧や各種手続は利用者登録が必要

 民間サイトで言えば、証券会社銀行のホームページのイメージが近い。政府サイトでは、電子政府の総合窓口ではなくて、政府広報オンラインのイメージが近い。

(2)サービスの種類と利用方法

・個別サービスを利用したい場合は、利用者登録をしてログインする
・役所(国、地方)からの個人宛メッセージを閲覧できる。例:「○件の新しいメッセージがあります」といった表示をクリック
・役所への各種手続(申請・届出等)ができる(申請用の暗証番号等が必要)
・実印レベルの申請(不動産登記、自動車登録など)は、付加サービスとして提供する。例:別途の利用申込みと電子署名が必要

「認証」の方式はID・パスワード、携帯電話、USBトークン、ワンタイムパスワード、ICカード等から選択できる。銀行のATMで利用される生体認証も、普及が進めば選択肢として取り入れても良い。

大切なのは、社会に普及していない「政府が決めた方式」を国民に押し付けないことである。

利用者のプロファイルに合った情報提供などにより、欲しい情報に簡単にたどり着ける仕組みを提供することも必要である。

(3)電子署名の利用について

・原則として、サービス利用者は電子署名を使わない
・実印レベルの申請のみ電子署名をする(別途申込みが必要)
・役所からの通知は、本人の閲覧のみであれば行政の電子署名は必要ない
・二次利用される通知や許可証などは、原則として行政が電子署名する

セキュアなサイト上に置かれた文書であれば、特に行政の電子署名は必要ない。それよりも、成りすましをされやすい「行政からの電子メール」に電子署名を付することを検討したい。

(4)不正利用の防止

・利用者は、いつでも利用履歴を確認できる
・申請等の利用については、取引ごとに通知メールが送られる
・利用履歴は、一定の期間ごとに第三者による電子署名とタイムスタンプが付与される
・上記の利用履歴に、行政が電子署名を行い、定期的に利用報告書を作成し、本人に通知されると共に、長期保存される。
・身に覚えの無い利用等については、一定の期間内であれば、原則として利用者は否認できる
・行政職員の行動履歴や個人情報へのアクセスなども全て記録される
・個人情報の利用についても、利用履歴が定期的に個人宛通知される

自分がいつ何をして、その結果どんな効果が発生したのか。修正や取消はどうやってするのか。身に覚えのない利用等について、どうやって否認や修正ができるのか。

これらを利用者視点で明確にすることが大切である。そのためには、「結果」としてのデータを安全に記録するだけでなく、結果に至るまでの「プロセス」の透明性・視認性・完全性を高めることが必要となる。

(5)ウェブサイトの開発・構築

・開発は、電子政府・電子申請ベンダーだけでなく、民間サイト(銀行、投資、ショッピングなど)の開発チームと協働で行う。
・利用者との十分なコミュニケーションが確保できる開発手法を採用する

政府系のサイトでは、民間サイトでは当たり前となっている機能や気遣いが欠けていたり、著しく低いサービス(運用開始)基準が設定されている場合がある。

こうした事態を避けるためには、民間サイトやオンラインサービスを手がける人たちの力を借りるのが一番である。

なお、電子政府サービスにおける開発手法については、今後のブログで詳しく取り上げる予定。

(6)ウェブサイトの運営主体と費用調達

★政府が運営主体となる場合:
・行政ポータルにカスタマイズ機能(アカウント付与、口座開設等)を設ける

★民間が運営主体となる場合:
・銀行や証券会社、民間ポータル等のサイトに行政サービスの機能を付加する

完全な電子政府(官)サービスになると、民間が運営主体となることは難しい。使ってもらえるサービスレベルを維持したいのであれば、できるだけ民間が運営することが望ましい。

その場合でも、政府は「民への丸投げ」とせず、「善良な管理者」として監視等を行う必要がある。

費用については、行政からの通知がオンライン化されることで、送付費用(印刷、送料等)が不要となる。その浮いた送付費用の範囲内で、サービスを構築・運用できるようにすると良いだろう。

最初から多大な投資を行い、重たいシステム(撤去にも改修にもお金がかかる)を構築することは避けなければいけない。

(7)個人情報の共有

・登録時に共有レベルを、本人が選択(後で変更が可能)
・申請時に、どの個人情報が、どの行政機関・民間機関と共有されるか明示する
・本人が明示内容を確認して、承諾にチェックしてから、「申請」を行う
・個人情報の利用については、利用履歴が定期的に個人宛通知される

登録時、申請時、申請後の3段階で本人の意思を確認する。

自己の個人情報について本人が自由にコントロールすることは、実際には不可能に近い。しかし、本人の意思を確認し、利用状況を知らせるといった「本人に納得してもらう」努力は必要である。

●政府が検討を進める「電子私書箱」との比較

最後に、政府が検討している「電子私書箱」と比較しておきましょう。

平成19年4月に決定された「IT新改革戦略 政策パッケージ」において、「社会保障に関する情報を、国民自身が簡単に収集管理できる仕組みの構築」として、「電子私書箱(仮称)(電子情報アカウント)」の実現が明記されました。

関連>>自分の情報を手元で管理できる仕組み(PDF)

政府の「電子私書箱」は、

・ICカードありき
・新たなサイトやシステムの構築

といった意向が伺えるもので、このままでは

・割高なシステムの構築
・利用者不在のサービス展開
・利用されず維持費用ばかりかかるシステム

となる可能性が高いでしょう。

これを、
・既存のインフラやサービスを活用する
・利用者視点で、使いやすいサービスを実現する

と考えると、もっと良いアイデアが出てくると思います。

実際、社会保険庁では、インターネットで年金加入記録を閲覧できる「年金個人情報提供サービス」を実現していますし、民間企業でも、様々な「文書・メッセージ交換サービス」を実現しています。

@ビリング:NTT東日本
http://www.ntt-east.co.jp/atto/top.html
利用料金の請求や利用内訳等を電子的に提供。作者も利用しています。

@Tovas(あっととばす):コクヨ
http://www.attovas.com/
電子文書のセキュアな双方向通信を提供する企業向けASPサービス。

ITmediaの記事、患者本位の医療サービスの本命となる「現代版健康手帳」では、ICカードの代わりにドコモの電子証明書を使って、携帯電話から医療情報へのアクセスを可能にしている事例を紹介しています。

複雑な行政手続には馴染みませんが、役所からの通知を閲覧したり、簡単な申込み等をするサービスであれば、携帯電話は非常に有効なツールとなります。

これら「既存のインフラやサービス」を上手に組み合わせて使えば、多大な税金を使うことなく、国民に喜ばれる「電子私書箱」サービスを実現できることでしょう。

「電子私書箱」の具体的な検討はこれからですが、あまりお金をかけずに、多くの国民に喜んで使ってもらえるサービスを目指しましょう

 

“電子政府におけるICカードとPKIの市場(8):電子証明書を活用した電子政府のサービスモデル” に4件のコメントがあります

  1. 不動産登記オンラインの総額は
    むたさん 本題とはずれるかもしれませんが、お金に絡んだお話ですのでよろしくお願いします。

    登記オンライン関連予算は、コンピュータ化予算もあって非常にわかりにくい。

    基本的には、ほとんど書面でしか使われていない不動産登記システムも、オンラインのために識別情報を導入しましたから、書面手続分であってもオンライン予算とみるべきではないかと思います。

    一説には4500億とも言われてますね。

    http://www.buyers-agent.or.jp/report/11181802/

    自民党に先生方に説明した金額はちょっと前ですが



    http://www.ishihara-hirotaka.com/report_22.html

    1件あたりコスト

    平成16年度予算ベース  43 億円÷ 3,778 万件≒ 114 円

    これまでの予算総額  10.8 億円÷ 1,776 万件≒ 61 円

    これはあきらかに登記情報提供サービス分が分母に入ってます。でも分子の金額に民事法務協会分が含まれているのかですね。

    そうやって一件あたりの単価をごまかして延命を諮ろうとするより、もっと現場の混乱に目を向けてもらいたいですね。

    むたさんの言われるように、電子署名が普及するのを待ってからでもいいと思います。

  2. e-Taxでさえ
    すみません。補足です。

    http://www.47news.jp/CN/200705/CN2007050901000056.html

    がんばってるe-taxもこうやってやり玉にあげられるる。まあ国会議員も使わないというのが問題なのでしょうが、血税の重みを知る国税庁が500億投じてまだまだということの指摘なのでしょう。

    不動産登記500億じゃすまないし、実質システムの中心は甲号申請ですから、17、18年度で1300件は越えるのかな。

    4500億ですと、1件あたり3億くらいなって廃止になったパスポートどころじゃなりませんので。

  3. ふるさと納税で eLTAX活用!
    はじめまして。以下「e-Tax つながり」ということで eLTAX について。

    ここに急に現実味を帯びてきた「ふるさと納税」ですが、「寄付金税制」の拡充で出身地に振り向けた金額に相当する額を現住所への納税額から控除する方式が有力とのこと。

    http://www.asahi.com/politics/update/0512/TKY200705110371.html

    eLTAX上にふるさと納税用の申告ポータル機能を作れば、納税者側/自治体側(特に地方の自治体)双方の手間が同時に削減されて、ふるさと納税の利用が促進されるように思います。

    既存システムの使い勝手を良くするのも大切ですが、むたさんがよく言われているように「ニーズのあるサービスをシステム化する」のが一番かと。

  4. ふるさと納税
    nakさん、こんばんは

    コメントありがとうございます。

    「ふるさと納税」は、オンライン申請に取り込みたいサービスですね。

    eLTAX上にふるさと納税用の申告ポータルを設けるのも良いですが、自治体サイトや地域ポータルから申告できると、さらに良いですね。

    自治体のホームページで「ふるさと納税、受付中!」をクリックすると、eLTAXふるさと納税ポータルに繋がっても良いですし。

    ただし、ワンストップの観点では、国税の申告(紙でも電子でも)時に、「ふるさと納税」に関する記入欄や選択肢があって、それが地方税の納税にも反映される。というのが良いと思います。

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