なりすまし受診の実態を把握するのは難しいけど、政府が国民に対する説明責任を果たすためには

マイナンバーカードを健康保険証として使うこと(マイナ保険証)に関連して、たびたび健康保険証の使いまわし(なりすまし受診)の話が出てきます。マイナ保険証を推進する人の中には、「マイナ保険証により、なりすまし受診が激減する」と言う人までいるようです。

これは、かなり怪しい話だと思いますが、厚生労働省も全国的な健康保険証の不正利用件数を把握していないようです。不正利用件数が把握されていないのですから、「マイナ保険証により、なりすまし受診が激減する」は検証することができません。

マイナカードで「不正請求が減らせる」「なりすまし防止」は本当か(全国保険医団体連合会)
https://hodanren.doc-net.or.jp/info/news/230712/
マイナ法改定案の審議では、議員からの不正利用の発生件数の質問に対して、厚労省の日原知己大臣官房審議官は「全ての保険者について把握しているわけではない」(※)と断っており、なりすましなどは根拠不明の理由と言わざるを得ない。また、日原審議官は「市町村国民健康保険では、2017年から2022年までの5年間で50件のなりすまし受診や健康保険証券面の偽造などの不正利用が確認されている」と答弁している、国保加入者約2,500万人(国保組合除く)に対して、1年に10件となる。

河野大臣“誇大広告”まがいの虚偽説明 保険証廃止の根拠「なりすまし被害」挙げるも件数不明(日刊ゲンダイDIGITAL)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/326075
日刊ゲンダイの取材に担当者は「なりすまし受診が起きていることは承知しているが、公表できるような件数はない」(国民健康保険課)、「数字が手元にないというよりも、そもそも厚労省として把握していない」(保険課)と答えた。

上記の情報を見る限りでは、「なりすまし受診」を含めた不正利用はそれほど多くないようです。本人確認や認証という観点から見ても、医療機関や薬局の窓口で行われる患者とのやり取りは、患者本人が目の前にいる「対面オフライン」で行われるので、マイナンバーカードの電子証明書(非対面オンラインでの本人確認を想定)を使う必要はありません。例えば、オンライン診療であれば、患者の本人確認のためにマイナンバーカードの電子証明書を使うというのは、よくわかります。もちろん、医師の本人確認にマイナンバーカードの電子証明書を使っても良いでしょう。

ところで、厚生労働省が、全ての保険者について、健康保険の不正利用が確認された件数(認知件数)さえ把握していないのは、さすがに問題だと思います。しかし、確認されていないものを含む「不正利用の実態」となると、把握することは非常に困難です。

これは犯罪全般に言えることで、警察庁が発表している犯罪統計も、警察等の捜査機関による「認知件数」や「検挙件数」で、認知や検挙されない犯罪については、そもそも数に上がってこないのです。

犯罪統計(警察庁)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/sousa/statistics.html

これではまずいと言うことで、法務省の法務総合研究所が4-5年に1回くらいの頻度で行っているのが、「犯罪被害実態(暗数)調査」です。犯罪被害実態調査は、一般国民を対象としたアンケート調査等により、警察等に認知されていない犯罪の件数を含め、どのような犯罪が、実際どのくらい発生しているかという実態を調べるもの(暗数調査)です。暗数調査による犯罪件数と認知件数とを比較することで、より有効な政策を立てることができるだろうという考え方です。例えば、性犯罪などは被害者が泣き寝入りする場合が多く、実態としては認知件数の5倍ぐらい発生していると考えられています。

法務省:犯罪被害実態(暗数)調査
https://www.moj.go.jp/housouken/houso_houso34.html

政府が、マイナ保険証で「不正請求が減らせる」「なりすまし受診を防止できる」と考えるのであれば、まずは厚生労働省が、全ての保険者について、健康保険の不正利用が確認された件数(認知件数)を調査する必要があります。その上で、実態(暗数)調査も行い、「マイナ保険証を導入したことで、どれだけの不正利用、なりすまし受診を減らすことができたのか」を検証できるようにすることで、初めて国民に対する説明責任を果たすことができるでしょう。