エストニアで電子処方箋が成功した理由を探る

日本でも、医療・介護分野におけるID(識別子)の導入が見えてきました。下記の通り、日経BPガバメントテクノロジーの井出さんによる解説が分かりやすいのですが、一般的には理解不能なほど複雑です。。
 
ようやく着地した医療版マイナンバーの仕組みとは
 
こうした動きに追随するように、電子処方箋についても今年の4月から始まるといった報道がありました。
 
電子処方箋、4月解禁へ :日経デジタルヘルス
地域医療連携ネットワーク稼働地域で順次運用を開始
 
電子処方箋の作成・交付・保存が可能に:DI Online
 
 
電子処方箋については、かれこれ20年ぐらい議論していると思いますが、2008年に処方せんの電子化についてが、2013年に電子処方箋の実現についてが発表されて、結局は実現できないまま今日に至っています。
 
デンマークやエストニアでは、ほぼ100%に近い割合で電子処方箋が普及しており、日本もさすがにこのままではマズイと思ったのでしょう。2016年2月10日の第29回医療情報ネットワーク基盤検討会において、電子処方せんの運用ガイドライン(案)が公表されました。このガイドライン案は、「医療情報ネットワーク基盤検討会作業班の議論を踏まえ、厚生労働省で作成した案」となっています。
 
また、「電子処方せんの運用ガイドラインの策定と併せて、e-文書法に基づく厚生労働省令改正(H28年4月施行予定)を行い、処方せんの電子的な作成・交付・保存を可能となるようにする」としています。
 
今回のガイドライン案について、何人かの方から意見を求められたので、電子処方箋の先進国であるエストニアの状況を踏まえながら、今後の方向性についてコメントしたいと思います。
 
厚労省の電子処方せんの運用ガイドライン(案)の構成は、次の通りです。
 
1 本ガイドラインの趣旨
2 処方せんの電子化のメリット
3 電子処方せんの運用の基本的な考え方
4 電子処方せんの移行期における具体的な運用の仕組み 
5 電子処方せんのサービス停止等への対応
 
本ガイドラインの趣旨、処方せんの電子化のメリットについては、特に異論はありませんが、3の電子処方せんの運用の基本的な考え方あたりから、ちょっと怪しくなってきます。
 
エストニアと決定的に異なるのは、電子処方せんの導入・運営が「地域医療連携ネットワーク」という非常に不安定な要素に強く依存していることです。別の言い方をすれば、「電子処方せんの導入・運営について、責任主体が明確ではない」ということです。これでは、地域医療連携ネットワークの数だけ、電子処方箋システムが増えていくばかりで、お金がいくらあっても足りません。
 
エストニアの電子処方箋が成功したのは、いくつかの理由がありますので、整理しておきます。
 
1 国のデジタル戦略・医療戦略・eヘルス戦略に基づく取組みであること
2 導入・運営の主体がeヘルス財団に統一されていること
3 医療機関に医療データの登録が義務付けられていること
4 公的医療保険における初期医療の仕組みが制度化されていること
5 個人番号制度を基礎とした情報連携の仕組みが確立していること
 
まず、旧デジタル戦略の中でeヘルスの分野があり、電子処方箋(e-Prescription)の実現が明記され、必要なシステムを構築しました。エストニアには、同じようなシステムを重複して作らせない仕組みがあるため、電子処方箋システムの予算は約24万ユーロ(約3千万円)と非常に低価格です。日本の場合、エストニアの100-1000倍ぐらいかかりそうですね。
 
eヘルス財団は、医療システムに関するエストニア政府の電子ソリューションを開発し、eヘルスの各種サービスを作成・提供する組織です。社会省(日本の厚労省に該当)、北エストニアメディカルセンター、タルトゥ大学病院基金、東タリン中央病院、エストニア病院協会、エストニア家庭医協会、エストニア救急医療サービス連合などが参加し、2005年10月に設立しました。日本のように、○○協議会とか○○コンソーシアムといった中途半端な組織ではありません。
 
もちろん、電子処方箋の導入・運営についても、eヘルス財団に統一されているので、システムの乱立も起きず、データの標準化(国際標準を採用)にも問題はありません。
 
各医療機関には、その規模に関わらず、医療データの電子的な登録が義務付けられているので、医療機関側に電子化するかどうかの選択肢はありません。また、公的医療保険では、すべての市民(被保険者)が、かかりつけ医(一般開業医、県知事が任命)を登録する必要があり、専門医の診察にはかかりつけ医の紹介が必要になっています。そのため、患者にとって最も身近である地域の診療所ほど、電子化が進むことになります。かかりつけ医が電子データを取り扱えないと、専門医に紹介するための情報連携もできないからです。
 
エストニアでは、日本のマイナンバー制度と異なり、個人番号制度を基礎とした情報連携の仕組みが確立し、医療分野もカバーしています。患者はもちろん、医師や看護師の識別・資格確認も、個人番号がそのまま使われています。
 
エストニアの医療情報交換のシステム構成 (出典:ロス博士の提供資料より)
 
 
そのため、日本のような複雑な医療IDの議論をすることなく、非常にシンプルな仕組みの中で、安全な運用を行っています。取得が義務付けられた国民IDカード(個人番号を含む電子証明書を格納)による本人確認で、患者だけでなく医療従事者の資格もリアルタイム確認することができます。
 
エストニアの電子処方箋サービス (エストニア政府資料、関係者説明等を元に作成)
 
 
こうして見ると、日本の電子処方箋の基盤は、非常に不安定で脆弱であることがわかります。残念ながら、日本のマイナンバー制度では、エストニアのようなリアルタイムでの(最新の原本データを参照した)本人確認・資格確認をすることはできません。エストニアでは、「業務の自動処理化」が進んでいますが、日本では「情報連携の電子化」にとどまっています。
 
日本で電子処方箋を成功させるためには、システムの重複・乱立、過剰な費用発生を防ぐ仕組みを確立し、医療機関における電子データ提供の義務化などを進める必要があると思います。
 
 

 
「清原薬物問題」をどう捉えるべきか
薬物依存症治療の第一人者に聞く「病」の実態と課題
とても良い記事。薬物依存症研究の第一人者である、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健医療研究所薬物依存研究部長の松本俊彦氏へのインタビュー。日本は、薬物に手を出してはダメという「ダメ・ゼッタイ」キャンペーンは盛んなものの、治療・復帰・支援の取り組みは先進国の中で最も貧しいのが現状と。
関連>>いちばん身近で、進行性の心の病「依存症」
日本では意志が強ければ依存症にならないと思われているから野放しになっているのだろうし、それに乗じて景気が悪いから広告収入を伸ばしたいテレビ局などが平気でこれを垂れ流す。
 
APIは単なる技術仕様ではなく、企業のビジネス資産
自分たちのサービスを基に、外部プレイヤーが新サービスを開発したり、あるいは既存の外部サービスに組み込んでもらったりすることが重要。重要なのは、既存顧客あるいは潜在顧客の満足度を高めることに尽きると。今では電子政府サービスでもAPI提供が当たり前になりつつありますね。
 
マイナンバーに関して文部科学省にあった質問とその回答
Q4:文部科学省では、日本学生支援機構の奨学金や、高等学校等就学支援金でもマイナンバー制度を利用するようなことを聞きましたが、どのように利用するのでしょうか。また学校側ではどのような対応が必要なのかを教えてください。 
A4:これらの事業については、平成29年7月からマイナンバーを利用開始することとしており、マイナンバーの収集時期や事務手続き等についてはまだ決まっておりません。少なくとも平成28年1月すぐにマイナンバーを収集することはありませんので、詳細が決まるまでお待ちいただけますようお願いします。
 
社員の扶養家族のマイナンバーを取り扱う際の注意点
多くの場合、会社は扶養家族の本人確認を行わなくてよいと。
 
初めての省庁系システム開発(第1回)~誤字・脱字を侮るな~
誤字・脱字が存在する場合、それは推敲が不十分であるから受け取る状態には至っていないと判断されても仕方ないと。
 
全国民約560万人がコホートの対象、デンマークが世界に先駆け構築した「世界最大級の医療ビッグデータ」
CPR番号という個人番号制度に紐づけられる医療関連情報は大きく分けて「疾患データベース」と「バイオバンク」で、全国民の疾患履歴がほぼすべてデータベース化されていると。
データ登録の義務化により、情報システムやデータの標準化・共通化も進むのですよね。eヘルスの分野でEUのトップランナーとされるのが、エストニア、デンマーク、オランダの三国ですが、これらの国は公式な個人番号に紐づけされた医療データが、国や国民の財産になることを理解しています。残念ながら、複雑怪奇な医療等IDの議論を続ける日本がこれらの国に追いつくことは、ほぼ不可能です。
関連>>バイオバンクについて バイオバンク 国立長寿医療研究センター
 
市立宇和島病院、患者個人情報漏えい 目的外閲覧
患者の電子カルテを業務目的とは関係ない理由で閲覧して個人情報を院外に漏えいさせたと。今回の処分は停職・減給ですが、エストニアで同様のことがあると、目的外閲覧だけでも解雇・資格剥奪になり、実際に医師等の資格を剥奪された事例もあります。
 
Estonia picks Singapore for e-residency scheme
銀行口座の開設でエストニアへ行かなくて良くなるのは嬉しいですね。
 
鯖江市、図書館でビーコン活用 スマホで本の位置を探せるアプリ「さばとマップ」
館内に約130台設置されたビーコンデバイス(iBeacon)を使って、本のある場所だけでなく、ユーザーの現在地も表示。図書館のシステムとも連携し、貸し出し中の本もアプリから予約できると。官民連携の良い事例です。
 
「デジタルなくして未来なし」 ユニクロの危機感 :日本経済新聞
日本で足りないのは、経営者、イノベーター、クリエーター。ITを利用してイノベーションする人、イノベーターをビジネスに役立てる経営者、そして付加価値を生むクリエーターが不足しているせいで、日本の企業はなかなか発展しないと。日本のデジタル政府を考える際にも参考になりますね。
 
NHK NEWS WEB はじまる「マイナンバー」~安心して使うために~
安心して使うために、通知が来たら、個人番号カード、導入のメリット、初めは3分野から、広がる利用範囲、個人番号カードの活用、セキュリティ対策をわかりやすく解説。「このページは受信料で制作しています。」とありますが、こうしたコンテンツ作りに、NHKはお金を使って欲しいと思います。
 
2015年の個人情報流出事件、対象者数のトップ10は
公共関連でも、ものすごい人数ですね。日本だったら政権交代しそうなレベルですが、米国は寛容ですね。日本のマイナンバー騒動は一体何なのでしょう。。
第1位:米国の医療保険会社 対象者数:最大1億1570万人
第3位:米政府人事管理局 対象者数:2570万人
第10位:米内国歳入庁(IRS)対象者数:約33万4000人
 
ある判決、要件にないことで責任を負わされたシステム開発会社の悲劇
攻撃への対策方法はすでに確立されているのだから、「当たり前」と言うのも、ある意味では無理からぬことであると。原則として要件になければ責任を負わないけど、 ケースによっては信義則に反すると判断される、ということでしょうか。
 
要配慮個人情報とは:医療情報:日経デジタルヘルス
ゲノムデータは「個人識別符号」、ゲノム情報(とそこに含まれる遺伝情報)は「要配慮個人情報」に該当するというのがタスクフォースの結論と。
 
全国市区町村 公立学校情報化ランキング2015 総論
機器などの整備状況を示す「インフラ整備」と、教員のICTの授業への活用力や情報モラルの指導力などを示す「教員指導力」を評価。佐賀県や武雄市を初め、全体として西日本が高いようです。
 
マイキープラットフォームによる地域活性化方策検討会の開催
平成28年2月9日 総務省 大臣官房企画課個人番号企画室 自治行政局住民制度課
なかなかに濃いメンバーです。地域活性化の道筋を明らかにする「マイキープラットフォームによる地域活性化戦略案」の構築を目的として、次の3つを検討。
①住民視点での行政サービス再編・業務改革
②新たな商店街振興策を軸とした地域経済活性化
③多様なサービスイノベーションによる地域経済好循環拡大への期待
個人番号カードは、単なるツールなので、過度な期待は禁物ですね。ただ、「マイキー」と聞くと、どうしても「オー!マイキー」を思い浮かべてしまいます。。