マイナンバーの不正利用を考える、リスクと上手に付き合うために

マイナンバー導入前に「アイデンティティ窃盗」への対応策をについて、少し誤解もあるようなので、もう少し詳しく解説しておきます。

行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案(番号法案)には、「個人番号(マイナンバー)の提供」や「本人確認」の規定があります。

例えば、企業が従業員の社会保障関連手続(健康保険、厚生年金、雇用保険等)を行う際にマイナンバーが必要になるので、雇用する際には本人確認を行ってマイナンバーの提供を受けておく必要があります。

企業等の事業主に本人確認が義務付けられるのだから、「マイナンバーによる成りすましはほとんど起きないだろう」と考えるのは間違いで、「一定の確率で必ず起きる」と考えた方が良いでしょう。

まず、マイナンバー法による本人確認の義務化によって、本人確認する機会が増加します。当然、不適切な本人確認がなされる可能性が同じでも、その件数は増えることになります。

現在、企業等による本人確認の義務規定は、犯罪収益移転防止法や古物営業法において見られますが、これが全ての企業や法人等が対象になると、適切な本人確認が実施されているかをチェックすることは、ほとんど不可能でしょう。また、マイナンバー法に基づいて総務省令で定めた本人確認方法が厳しければ厳しいほど、それを回避しようとする企業も増えてきます。

「本人確認」というのは実は相当のクセモノで、ある企業が従業員に対して「適切な本人確認行わなかった」ということを事後に証明することは、とても難しいのです。つまり、企業側が「きちんと本人確認を行って、本人確認記録も取ってある」と主張すれば、それを行政側が覆す事は非常に困難なのですね。

しかし、「わけありみたいだし、面倒だから本人確認をしたことにしよう」というのは、まだ良いのです。問題は、企業が確信犯的に本人確認プロセスやマイナンバーを悪用する場合です。

例えば、人を雇用することで得られる給付金の不正受給を(特に犯罪ビジネスとして)行う場合、他人のマイナンバーを不正利用・取得する可能性が高いでしょう。ホームレスから戸籍を買い取るように、マイナンバーを購入することもあり得ます。日本で社会保障費が増加すればするほど、社会保障関連の給付や助成金を狙った犯罪市場も大きくなるでしょう。

米国や韓国における番号制度の不正利用について、「きちんと本人確認しないからだ」「民間利用が拡大したからだ」「マイナンバー制度では用途を限定して本人確認を行うから問題ない」と考えるのは危険です。米国や韓国でも、当然ながら本人確認は行われています。

大切なのは、不正行為が起きることを想定した制度設計により、マイナンバーが抱えるリスクと上手に付き合いながら(=リスクマネジメント)、最大の効果(リターン)が得られるように運用していくことです。

法律で本人確認を義務づけても、それによってなりすましを防ぐことができるというわけでもないので、米国や韓国を初めとした番号制度先進国から、もっと多くのことを学ぶ必要があると思います。

最後に、番号制度に関する誤解についても触れておきましょう。

上述したように、マイナンバーが不正利用される可能性はありますが、「マイナンバーがあると不正がしやすくなる」とか「マイナンバーを使って悪いことができる」ということではなくて、「悪いことをする際にマイナンバーが必要になるケースがある」ということです。

つまり、番号制度の不正利用は結果であり、原因ではないのです。

番号制度が原因で、監視国家になった政府など聞いたことがありません。

番号制度が原因で、なりすまし・犯罪大国になった国など聞いたことがありません。

番号制度が原因で、個人情報漏洩・プライバシー侵害大国になった国など・・・ホントにあるのでしょうか?

★参考リンク

ご本人確認について:三菱東京UFJ銀行
http://www.bk.mufg.jp/ippan/law/kakunin.html
本人確認をさせていただいた内容につきまして、本人確認記録を作成させていただきます。

本人確認書類 | お客様サポート | NTTドコモ
http://www.nttdocomo.co.jp/support/procedure/document/verifying/

古物営業法における義務との比較(犯罪収益移転防止法における古物商の義務)
茨城県警察
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/07_tetuzuki/05_syueki/hikaku.html

事業主向けの雇用関係助成金 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/index.html

雇用助成金、不正受給の温床に(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/job/news/20130121-OYT8T00564.htm

●行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案(番号法案)
http://www.cas.go.jp/jp/houan/183.html

(提供の要求)第14条
個人番号利用事務等実施者は、個人番号利用事務等を処理するために必要があるときは、本人又は他の個人番号利用事務等実施者に対し個人番号の提供を求めることができる。

(本人確認の措置)第16条
個人番号利用事務等実施者は、第十四条第一項の規定により本人から個人番号の提供を受けるときは、当該提供をする者から個人番号カード若しくは通知カード及び当該通知カードに記載された事項がその者に係るものであることを証するものとして主務省令で定める書類の提示を受けること又はこれらに代わるべきその者が本人であることを確認するための措置として政令で定める措置をとらなければならない。

●犯罪による収益の移転防止に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H19/H19HO022.html

(本人確認記録の作成義務等)
第六条  特定事業者は、本人確認を行った場合には、直ちに、主務省令で定める方法により、本人特定事項、本人確認のためにとった措置その他の主務省令で定める事項に関する記録(以下「本人確認記録」という。)を作成しなければならない。
2  特定事業者は、本人確認記録を、特定取引に係る契約が終了した日その他の主務省令で定める日から、七年間保存しなければならない。

●犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H20/H20F10008046001.html

(本人確認記録の作成方法)
第九条  法第六条第一項 に規定する主務省令で定める方法は、次の各号に掲げる方法とする。
一  本人確認記録(次号に規定する添付資料を含む。第十一条第二項において同じ。)を文書、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)又はマイクロフィルム(次号ロに掲げる場合にあっては、電磁的記録に限る。)を用いて作成する方法
二  次のイからハまでに掲げる場合に応じて当該イからハまでに定めるもの(以下「添付資料」という。)を本人確認記録に添付する方法
イ 第三条第一項第一号ハ又は第三号ロに掲げる方法により本人確認を行ったとき 当該本人確認書類又はその写し
ロ 第三条第一項第一号ホからトまで又は第三号ハに掲げる方法により本人確認を行ったとき 当該方法により本人確認を行ったことを証するに足りる電磁的記録
ハ 第三条第二項各号に掲げる書類又はその写しの送付を受けることにより、同項の規定により顧客等若しくは代表者等の現在の住居若しくは本店若しくは主たる事務所の所在地の確認を行ったとき又は同条第三項若しくは第四項の規定により当該各項に規定する場所の確認を行ったとき 当該確認に用いた書類又はその写し

“マイナンバーの不正利用を考える、リスクと上手に付き合うために” に2件のコメントがあります

  1. 壮大な監視制度
    政府のシステムで、住民基本台帳のシステムがどの程度利用され、効果があったのか、壮大な無駄であった。私も引越しを行ったが住基システムを利用しなかったし、不都合もなかった。行政の効率化は先ず、このようなシステム、また国民監視制度に繋がるシステムより、情報漏えいで責任を取った人はいるのか。誰も責任が取れない制度は作るな。
    その前に天下りの禁止、競争入札取調べの完全可視化、検察審査会の情報公開などやることが無限にある。 税金を払う人間が偉いのであって、税金で食っている人間は偉くないのだ。   

  2. 住民基本台帳ネットワークシステムの利用状況
    コメントありがとうございます。

    平成25年3月21日付で総務省自治行政局住民制度課から次の資料が出ています。
    住民基本台帳法・公的個人認証法の一部改正について(PDF)
    http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/houansetumei250321/siryou8.pdf
    この資料の12ページ「住民基本台帳ネットワークシステムの概要」にある通り、住基ネットの情報提供件数(利用件数)は
    ・国の行政機関等 約42,700万件
    ・地方公共団体 約600万件
    となっており、年間4億件以上の利用があります。

    住基ネットは行政職員等が業務を処理するために利用するものなので、一般の市民が直接利用することはありません。

    これに対して、市民に対して提供される住基カードは、期待していたほど利用が進まず、普及率も数パーセントにとどまっています。

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