社会保障と税の番号制度、国民ID制度、アイデンティティ連携、議論がかみ合わない理由(後編)

社会保障と税の番号制度、国民ID制度、アイデンティティ連携、議論がかみ合わない理由(前編)の続き、後編です。

結論から述べておきましょう。

社会保障と税の番号制度、国民ID制度、アイデンティティ連携。この三つの議論がかみ合わないのは、別のものだからです。

まず、社会保障と税の番号制度。これは、「識別番号連携」の話です。

そして、アイデンティティ連携。これは、「アイデンティティ」つまりは「個人を特定する情報集合体を連携させる」話です。長いので「アイデンティティ連携」としておきましょう。

最後に、国民ID制度。これが、どちらなのか当初は迷ったのですが、内閣官房のIT担当室が提出した「国民ID制度における国民IDコードの考え方(その2)(PDF)」により、「識別番号連携」の話であることが明確になりました。まず「識別番号連携」があって、「アイデンティティ連携」の話はその後でという感じです。

つまり、「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」の話が錯綜していることが、混乱を招いているのです。

電子政府でも「ID」の意味を確認しようでも述べましたが、「ID」という略語の使用が事態の混乱を招いた原因の一つであると思います。

それでは、「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」が、どんなものであるのか見ていきましょう。

☆「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」の比較表

●アイデンティティ連携とは

アイデンティティ連携は、

・本人からの認証(本人確認)要求に基づいて
・複数の組織(ウェブサイト)間で
・個人情報を交換する

仕組みです。「認証連携の仕組み」とも言われています。

オープンなネットワーク上、つまりインターネットのように不特定多数の色んな人が参加するサイバー空間において、特に必要とされる仕組みです。

電子政府で言えば、インターネット経由で提供される官民サービス連携(引越しワンストップサービスなど)を実現するのに有効な仕組みと言えます。

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アイデンティティ(情報集合体)には識別子(例えば、メールアドレス、アカウント名、URL、会員番号など)があれば良いので、識別番号が無いこともあります。識別番号は識別子の一種ですが、番号である必要はないのですね。そのため、共通識別番号も必要ありません。つまり、番号の存在を前提としていないのです。

アイデンティティ連携を支持する人は、識別番号の副作用を憂慮して「共通番号は不要である」といった主張をすることがあります。アイデンティティ連携の考えに立てば、そうした主張は自然なものと言えます。

「経団連が主張している官民連携サービスなどは、番号が無くてもOpenIDを使えば、もっと簡単に実現できる」と言いたくなるのもわかります。

しかし、「技術的に実現できること」と「法制度として確立し国民や行政職員に受けいられること」は全く異なるので、注意が必要です。もちろん、電子政府で重要なのは後者です。

●識別番号連携とは

識別番号連携は、

・情報集合体(アイデンティティ)に
・識別番号を紐付けして
・識別番号をキーにして
・必要な情報を集める(名寄せ、照会、照合など)

仕組みです。よりシンプルに「番号連携の仕組み」と言っても良いでしょう。

複数の識別番号を認める場合は、識別番号間の紐付けも必要になります。番号制度のパブコメで出てきた「中継データベース」は、識別番号間の紐付け機能を備えています。

※社会保障カード構想の「中継データベース」は、アイデンティティ連携の機能も備えています。識別番号連携とアイデンティティ連携は対立するものではないので、社会保障と税の番号制度にアイデンティティ連携を組み込むことも可能です。なお、情報連携の形や方法についてはベンダー間の競争があることに注意。

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いずれにせよ、識別番号連携では、識別番号が必須となります。識別番号連携の議論は、「番号ありき」であり、とにかく番号が無いと始まりません。

識別番号連携は、クローズなネットワーク上での利用が有効で、インターネットのように不特定多数の色んな人が参加するネットワークでの利用には向いていません。

電子政府で言えば、行政機関間での情報のやり取り、いわゆる「バックオフィス連携」の実現に有効な仕組みと言えます。

●「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」の違い

アイデンティティ連携と識別番号連携。両者とも、複数の組織間の情報連携を実現してくれるので、同じ舞台で議論されがちです。しかし、前提条件が異なるので、議論が平行線をたどってしまうのは無理もありません。

両者の違いを、もう少し詳しく見ていきましょう。

(1)認知度・理解度の違い

「アイデンティティ連携」は、インターネット社会の到来により本格的に検討されるようになった考え方で、多くの人に認知され理解されているものではありません。これに対して「識別番号連携」は、コンピュータでデータを管理するようになる前からある考え方で、「アイデンティティ連携」と比べると理解しやすいです。

「アイデンティティ連携」の話をする時は、「識別番号連携」の話でないことの確認が必要でしょう。

(2)自己情報コントロールと本人負担の違い

「アイデンティティ連携」は、本人の判断に基づく要求や同意が必要なので、自己情報のコントロールという視点では優れていますが、本人の負担や自己責任の度合いが大きくなります。インターネット上で積極的に活動するユーザーを想定しているように思えます。

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これに対して「識別番号連携」、とりわけ行政のバックオフィスで動く「識別番号連携」は、基本的に本人の要求や同意を必要としません。本人の要求や同意ではなく、法令に基づいて粛々と処理されるのです。

自己情報のコントロールという視点では、「識別番号連携」は「アイデンティティ連携」よりも劣っていますが、本人の負担や自己責任の度合いは少なくなります。そのため、「申請主義(を行政に都合の良いように解釈する弊害)からの脱却」や「緊急時の対応」といった観点からは、「識別番号連携」の方が優れていると言えるでしょう。

(3)価値観や信頼性の違い

「アイデンティティ連携」は、オープンなネットワーク上で利用されるので、「アイデンティティ(情報集合体)」や「アイデンティティを管理する組織」や「認証手段」に対する信頼性の基準も、より客観的で国際的な視点が求められます。そのため、信頼性を保証するレベル(格付け)を付けたりします。

信頼性の基準は、政府であろうと民間であろうと差別・優遇されることなく適用されます。私文書と公文書の信頼性を同一の基準で判断するようなものでしょうか。

これに対して「識別番号連携」は、行政中心の価値観で動いています。

アイデンティティの信頼性を、レベル1,2,3,4などと分けることもありません。「川崎市が保有する住民情報」と「横浜市が保有する住民情報」の信頼性は、同じであることが前提であり、その事に対して客観的な証拠を必要としません。「法務省の個人情報ファイル」と「経済産業省の個人情報ファイル」についても同様です。

ただし、特定の個人情報ファイルに対して、戸籍や住民基本台帳などのように、法律で「公証力」を与えることがあります。

このように「識別番号連携」では、行政が保有する個人情報と民間機関が保有する個人情報の信頼性に差をつけており、信頼性を判断する基準も行政優位となっています。現行の民事訴訟法で私文書と公文書の信頼性を異なる基準で判断していますが、それと同じようなものでしょうか。

もちろん、各アイデンティティ(情報集合体)に対する信頼性の基準は必要ですが、それよりも行政に対する国民の信頼度や、第三者機関や国民による行政を監視する仕組みが大切になります。

(4)オフラインや紙情報との親和性の違い

「アイデンティティ連携」は、インターネットサービス間の連携など、基本的にはインターネット上での利用を前提としています。

これに対して「識別番号連携」は、インターネットのような情報通信ネットワークを前提としておらず、オフラインや紙情報のやり取りでも利用されます。

紙の書類に番号を書いたり、その書類を職員が目視で確認したり、CD-Rに記録した番号を含む申請データを窓口に持参したりする場合でも、「識別番号連携」を活用することができます。

(5)実績・実現可能性の違い

「アイデンティティ連携」は、歴史は浅いものの、諸外国における電子政府での活用事例も多くあります。「アイデンティティ連携」の一つである「OpenID」も、米国を中心に盛り上がっていますが、日本での普及はこれからという段階です。

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アイデンティティ連携の課題は、参加者や利用者が相互に信頼できる仕組み(Trust Framework)を作り、それらを維持していくことですが、実現できるかは未知数で、そのための労力やコストもかかります。

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「識別番号連携」は、多くの先進国で導入されており、問題を抱えつつも実績を上げています。見本が存在するので、日本が得意な改良・改善をしやすいとも言えます。基本的には、国際的な合意を必要とせず、日本政府主導で進められます。しかし、「きちんと機能する番号制度が整備できるか」は未知数で、何千億円ものコストがかかります。

●「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」、どちらが必要か

作者が、「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」どちらが必要かと問われれば、「どちらも必要である」と答えます。

グローバル化・ネットワーク化・クラウド化が進む中で、「アイデンティティ連携」が重要であることは間違いないでしょう。

しかし、今の日本にとって、どちらが必要か。優先順位はどちらにあるのかと問われれば、「識別番号連携」つまり「番号制度の導入」であると思います。

少子高齢化が進む中で、一定の行政サービス水準を維持していくためには、本人の要求や同意ではなく、法令に基づいて行政のバックオフィスで粛々と処理される「識別番号連携」が欠かせないと思うからです。オフラインや紙情報との親和性の高さも、行政の現場では大きなポイントとなります。

他方、フロントオフィスでは、「アイデンティティ連携」を活用した官民連携のサービスを提供して、インターネットを積極的に使いこなす人たちに喜んでもらえば良いと思います。

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「番号制度の導入」について、これまで作者自身は中立的な立場でした。いえ、どちらかと言えば否定的なコメントが多かったと思います。

なぜなら、政府やベンダーの現状を考えると、「お金ばかりかかる機能しない番号制度」「必要な情報が効率的に集められない番号制度」「国民のためではなく行政やITベンダーのための番号制度」になってしまう可能性が高いと思っていたからです。

けれども、番号制度に対する政府・政治が示す方向性、垣根を越えた様々な業界による協力体制などを見る中で、「お金はかかるけれど、最低限の機能は果たせる番号制度」を期待できるのではないか、と考えるようになってきました。

税や社会保障制度に大きな影響を与える番号制度や国民ID制度については、専門家だけしかわからないような略語やカタカナ用語が飛び交う議論は避けるべきです。これまでの議論は、非常にわかりにくかった。。作者自身も、常に頭の中が???でした。

政府が、目指すべき社会の将来像や方向性を国民に示したなら、実現に必要な手段を決めるのは政治的判断でしかあり得ません。求められるのは、国民の信頼と協力を引き出す強いリーダーシップであり、困難な道のりを恐れない決意です。

作者自身も、一国民として「番号制度」の問題に強い関心を持ち、より良い社会が実現できるように積極的に関っていきたいと思います