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日本の印鑑文化と電子署名 1999年7月10日

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日本の印鑑文化について整理しながら、電子署名が日本の社会に受け入れられるための方法を提案しています。
 
いよいよ日本でも、電子署名の制定が現実のものとなってきました。法制度が整備されて、電子署名の法的効果が保障されることにより、電子商取引も一層普及していくことでしょう。もちろん通信コストの低減、つまりは、低価格使い放題のインターネット環境の確立がなくてはいけないのですが。

全部込みこみで、1月5000円以内、できれば3000円ぐらいが理想です。いやいや、理想ではなくて、企業の努力により実現されなければいけないことでしょう。

さて本題ですが、日本における電子署名の普及にあたって、とても重要な鍵を握っているのは印鑑文化であると思います。

歴史的にも、そして現実的にも「印鑑」というものが、日本社会においていかに重要な役割を負っているかは、皆さんご存知のことと思います。荷物の受け取り、銀行の口座開設、契約書、各種申込書などなど例をあげればきりがありません。日本の社会は「ハンコ社会」と言えるでしょう。

印鑑まめ知識として、少しまとめてみましょう。

ハンコ

印鑑、印章、判、印判、印顆などと言われます。

つまり、何か堅い材質の物に文字を刻んだもの、ということです。これに朱肉をつけて、押すことにより、印影が作られます。

印影

ハンコを押して出来る跡(模様や文字)のことです。

印鑑と印影を比較することにより、印影の真正を確認することができます。

押印

ハンコを押すこと、または押された印影のことを意味します。

捺印も同じ意味を表します。

署名

本人が自筆で名前を書くことです。サインのことですね。

外国では印鑑を使用することは稀で、サインが一般的です。サイン証明などが印鑑証明書のような役割を果たしています。

署名の際に使用される名前は、必ずしも本名と同一である必要はありませんが(通称名など)、自分の意思をもって書くことが必要です。つまり、相手をだます目的で他人の名前を書いたりすることは署名とは言えないことになります。

原則として、署名だけでその法的効果は確立するのですが、署名に加えて登録された印鑑で押印することが要求される場合もあります(商業登記法)。

記名

自筆以外で記載された名前のことです。

手段はなんでも良いと考えて良いでしょう。ワープロやパソコンで作成・印刷される場合や、ゴム印などで表示される場合などがあります。

商法上では、記名した後に押印することによって、その法的効果は署名と同じものになります(記名押印、記名捺印)。

実印

市町村役場に印鑑登録した印鑑のことです。

個人が持てる実印はひとつだけですので、それ以外はすべて単なるハンコに過ぎません。三文判であっても役所に登録してあれば実印となり、象牙彫りの立派な印鑑であっても、役所に登録していなければただのハンコです。

ちなみに、銀行印は銀行に登録した印鑑のことです。銀行印は実印である必要はありません(もちろん同じでも可)。

また、会社の実印として、代表者印というものがありますが、これは法務局(会社の登記を管理しています)に登録された印鑑のことを指します。

印鑑証明

印鑑(印影)が確かに登録されたものであるという証明です。

印鑑を登録した市町村役場で発行してもらいます。

契印と割印

契印とは、一つの書類が複数枚の紙等で構成されている場合に、継ぎ目やつづり目などに押印すること、または押印された印影のことをいいます。

例えば、10ページに及ぶ契約書などです。

これに似ているもので、割印というのがありますが、この場合は複数の書類が相互に関連していることを確認することを目的としています。

例えば、1枚の売買契約書を、売り手と買い手が各自保管する場合などです。

つまり、契印がある書類は一つの書類であり、割印がある書類は関連性はあるが、それぞれ別物であるということです。ただし、割印の意味で契印ということもあります(公証人法59条)。

ということで、印鑑まめ知識でした。

意思表示を担保する

ところで、印鑑の意味は、印鑑を押す人の意思表示を担保することにあると言えます。この意味では署名も同じことです。

「それを書いたのは私ですよ」、「書いてあることに同意しますよ」、「書いてあることは間違いありませんよ」といったことを、押印したり署名したりすることにより、自分の意思として明確にさせるのです。

訴訟法における私文書の真正推定などがそのことを表しています。

そこでは、署名や押印があることで、確かに本人が作成したものであると、文書の真正が推定されるのです(もちろん推定ですから、反証すれば覆すことができます)。

このように、印鑑を押すことで、法律的な効果を強める場合が少なくありません。

心理的効果の役割、いかに相手に安心感・信頼感を与えるか

その一方で、見た目などから来る心理的効果も、大変重要な役割を担っていると言えるでしょう。

例えば、印鑑の材質をこだわったり、運勢を占ったり、印鑑が押してあることで安心してしまったりします。まさに文化として日本社会に定着していると言えます。

この効果を見逃すと、電子署名の普及がうまくいかなくなるのではと思っています。つまり見た目のわかりやすさを軽視すると、電子署名は日本で思うように普及しないということです。

サイバー社会という相手が見えない空間においては、制度的な保障はもちろん必要なのですが、いかに相手に安心感・信頼感を与えるのかが重要だと思います。

相手の立場を思いやる気持ちが、実はリアルな社会以上に必要なのではないでしょうか。そういったことを前提とすると、電子署名のあり方が少し見えてくるのではと思います。

電子認証システムが持つ、メッセージ等の真正(本人確認)や完全性(改竄防止)を担保する機能は大変優れており、サイバー社会においては必要不可欠の基盤です。それに加えて、日本の印鑑文化の特性を生かすことができれば、電子署名は急速に普及し認識されていくことでしょう。

見た目をわかりやすくする

具体的には、認証書の認証事項の中に印影やサインを画像として組み込み、それを画面上に表示するようにするのです。認証事項はX509により標準化が確立されていますが、その内容を拡張することができます。

現在は、認証書の容量は、認証情報をテキストのみにすることにより、かなりコンパクト化されていますが、今後の技術的な改良や、大容量通信制度の整備により、印影表示機能の実現は可能だと思います。最新のブラウザーやメールソフトなどでも、電子署名や認証書の表示は簡単なマークが出るものの文字表示が中心であり、どこか馴染みにくいものがあります。この辺りを多いに改良して頂きたいと思います。

以上のような考えを持つ私としては、認証サービス会社とリアルな印鑑業者は決して対立するものではなくて、共通のゴールを追求することが可能であると考えています。

電子署名を初めとした電子認証システムを、世界標準に合わせる過程の中で、どれだけ日本の印鑑文化を生かすことができるのかが、日本における電子署名の普及に大きな影響を与えるのだと思います。


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