エストニアの市民権制度から学び、日本の国籍制度を改善しよう

日本では、国会議員の二重国籍問題が話題になりました、この問題をきっかけとして、日本でも国籍(市民権)についての議論が深まればと思います。というわけで、今回は「エストニアの市民権」を紹介したいと思います。

私自身、行政書士をしていた関係で、日本で生活する外国人の帰化申請等をお手伝いしたので、日本の国籍法はそれなりに読み解いていました。その上でエストニアの国籍法(市民権法)を読んでみると、日本の国籍法の不透明さ・不明確さがよくわかります。また、安全保障の観点からも問題があり、改善の余地が多いと思います。

一般的には、国籍と市民権はほぼ同じもので、国際的な観点での国籍に対して、国内的には市民権と言われたりもします。歴史を見れば、市民権は参政権との関係で語られることも多く、日本でも日本国籍がありながら庶民や女性には参政権が認められなかった時代がありました。

本ブログでは、特に注記がない限り、国籍と市民権を同じものとして扱います。

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(1)国籍(市民権)に伴う「権利と義務」

国籍(市民権)を考える上で、最も重要なのは、やはり「権利と義務」でしょう。

まず、国籍(市民権)の有無に関係なく、外国人や無国籍者など全ての人に対して認められる「基本的人権」があり、国籍(市民権)が有ることで、「基本的人権」+「国民としての権利・義務」となります。EUの場合は、EU市民権があるので、「基本的人権」+「国民としての権利・義務」+「EU市民権者としての権利」ということになります。

国籍(市民権)を取得することで、一定の義務を伴うものの、権利が上乗せされるので、国籍(市民権)があった方が良い(法的に安定する)と言えるでしょう。

エストニア政府(内務省)は、「エストニアの市民権は、市民と国家の両方に権利と責任をもたらす法的関係です」と説明し、次のような権利と義務を挙げています。

★エストニア市民の権利:
・国会議員選挙および国民投票(レファレンダム)の投票権(18歳以上)
・政党に所属する権利
・国会議員に立候補する権利(21歳以上)
・大統領に立候補する権利(40歳以上で出生により市民権を取得した者)
・エストニアから追放されない権利(居住権)
・海外に滞在するとき、エストニア国家の外交保護を受ける権利
・EU市民としての権利(加盟国内での移動や就労等の権利)

大統領への立候補権に見るように、エストニアの法律では、「出生により市民権を取得した者」と「帰化(naturalisation)により市民権を取得した者」とを区別しています。

★エストニア市民の義務:
・国家に対する忠誠義務(憲法秩序に忠実でエストニアの独立を守る)
・徴兵の義務(男性市民のみ)
・エストニアの憲法秩序を尊重する義務(外国人市民および無国籍者も同様)

国家に対する忠誠は、日本人には少し違和感があるかもしれませんが、国民の義務として国際的には普通と思います。徴兵義務は、EU加盟国でも少数派ですが、地政学上のリスクが高いエストニアでは必要不可欠と言えるでしょう。

なお、宗教上または倫理上の理由により、防衛軍への参加を拒否する場合は、法律によって定められた手続に従って代替奉仕を行うことになります。(エストニア国憲法第124条)

また、緊急状態または戦争状態では、個人の権利と自由が制限され、法律で定められた条件に従って、国家安全保障および公共秩序のために個人に義務が課されることがあります。(エストニア国憲法第130条)


(2)二重国籍(多重国籍)と無国籍者の取扱い

二重国籍(多重国籍)については、条件付の場合を含め、EUでは認める国が多くなっています。各国で国籍取得の条件が異なる中で、国を越えた移動が多くなると、婚姻や出生により複数の国籍を取得するケースが増えるため、二重国籍を認めた方が都合が良いのです。二重国籍を認めないと、本人が知らない間に(本人の意思に反して)、主たる生活基盤のある国の国籍を失ってしまったり、無国籍者になってしまう可能性が高くなるからです。

エストニアでは、法律で多重国籍を認めていませんが(市民権法第3条)、出生により取得した市民権の剥奪を憲法で禁止しているため、実質的には条件付で多重国籍を認めていると言えます。

エストニアの市民権に加えて他国の市民権を取得した人は、18歳に達した後3年以内に、エストニアの市民権または他国の市民権を放棄する義務があります。

無国籍者については、「誰もが国籍を保持する権利があり、できるだけ無国籍者を出さない、放置しない」というEU全体の方針があるので、エストニアでも無国籍者の取扱いを憲法や市民権法で定めています。例えば、父母が不明な捨て子等についてはエストニアの市民権を認めています。


(3)安全保障・治安維持と国籍(市民権)の関係

国籍(市民権)を考える上で、重要なポイントとして「安全保障・治安維持」があります。

なぜなら、「国民としての権利」には、国家権力の中枢に入ることができる「参政権」が含まれるからです。

日本の刑法でも、第81条で「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する」と厳しい刑罰を課していますが、外国政府による攻撃は常に想定しておく必要があります。

少なくとも、国家権力の中枢に入ることができるような権利を外国人に認めるべきではありませんし、そうした権利を外国人に認める国はありません。

「安全保障・治安維持」の観点から、外国人市民による国籍(市民権)の取得(帰化)については、厳しい条件を課しているのが通常です。許可される場合でも、調査等の期間が半年から1年以上と、他の手続と比べて非常に長くなります。

エストニアでは、市民権を管轄するのは、国内の安全保障や治安維持を担当する「内務省(Ministry of the Interior)」であり、市民権取得等の手続窓口は「警察・国境警備隊(PBGB)」が担当しています。帰化の許可は、日本では法務大臣ですが、エストニアでは政府(the Government of the Republic)が許可します。(市民権法第20条)

外国人市民が市民権取得の申請をすると、審査等の処理に6ヶ月ほどかかります。審査を経て取得可能なことがわかると、二重国籍を防止するために「エストニア市民権取得後に、速やかに現在の国籍(市民権)を喪失することの証明」の提出が求められます。その後、最終的に市民権が付与されるのに3ヶ月ほどかかります。

外国人市民がエストニアの市民権を取得する場合、「エストニア共和国憲法および市民権法の理解」について審査があり、「エストニア国家に対して忠実であること」が必要で、「私は、エストニア国籍を申請するにあたり、エストニアの憲法秩序に忠実であることを誓います」という宣誓を行ないます。(市民権法第6条)


(4)エストニア憲法上の市民権

エストニアの憲法(The Constitution of the Republic of Estonia)は、1992年に成立した新しい憲法なので、一度も改正していない日本の憲法と比べると、かなり洗練されています。現代の標準的な憲法として、日本の憲法改正を議論する際にも参考になると思います。

日本では、日本国憲法の第10条で「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」として、憲法上では国民の定義をしていません。

エストニアの憲法では、日本より少し詳しい市民権(citizenship)の記述が第8条にあります。

例えば、「両親のどちらかにエストニア市民権があれば、生まれた子供も市民権を取得すること」や「信念・信条によって市民権が剥奪されないこと」などを憲法で定めています。

権利や義務については、主語等を
・誰も(everyone)
・エストニア市民(citizens of Estonia)
・外国人市民(citizens of foreign states)
・無国籍者(stateless persons)

といった具合に使い分けることで、何が「基本的人権」で、何が「国民としての権利・義務」なのかが明確になっています。

例えば、第28条では、「誰も」が「自身の健康を守る権利」があると定めた上で、「エストニア市民」は「政府からの支援を受ける権利」があるとしています。そして、「外国人市民」と「無国籍者」は、法律に別段の定めがない限り、「エストニア市民」と同等の権利が認められるとしています。

つまり、「自身の健康を守る権利」は「基本的人権」ですが、「政府からの支援を受ける権利」は「国民としての権利」なので、「外国人市民」や「無国籍者」は制限を受ける可能性があると言えます。


(5)エストニアの市民権法

市民権の詳しい取得条件や手続については、市民権法(Citizenship Act)で定めています。

市民権法は、その重要性から、他の法律より厳しい改正要件(国会議員の過半数の賛成が必要)が定められています。(エストニア国憲法第104条)

エストニア市民権法の構成は、次の通りです。

第1章 一般規定
第2章 エストニア市民権取得の条件
第3章 未成年者によるエストニア市民権取得の条件
第4章 エストニア市民権の回復条件
第5章 エストニア市民権の帰化と手続き
第6章 エストニア市民権の喪失条件と手続き
第7章 最終規定(経過措置等)

日本の国籍法と比べて、エストニアの市民権法が決定的に優れている点があります。それは、エストニアの市民権の取得・喪失・回復に関するデータベースの規定がある(市民権法第2条)ことです。このデータベースがあることで、エストニア国籍(市民権)証明書の発行が可能になっています。(市民権法第4条)

デジタル政府を実現しているエストニアでは、公共情報のデータベースが用途ごとに整備されており、市民権データベースもその一つです。日本にも、国籍データベースがあれば、国会議員の二重国籍問題で騒ぐこともなく、各種権利を行使する際に国籍が要件となっている場合は、国籍データベースを参照することで、後のトラブル等を回避することができます。「安全保障・治安維持」の観点からも、政府が国籍に関する情報を正確に把握しておくことは重要です。

エストニアの市民権は、「出生のときに、父母のがどちらかがエストニア市民であること」が基本条件となっており、いわゆる「血統主義」を採用しています。

エストニアは、人口約130万人で、人口密度は北海道の半分以下です。日本と同じように出生率の低下が問題になっており、人口を増やしたいと考えているようですが、国内の安全保障や治安維持を考えて、「出生地主義」は採用していないのかもしれません。

帰化(外国人市民によるエストニア市民権の取得)については、日本と比べると、要件や審査基準等が明確で、システム化・透明化されています。申請後の処理にかかる期間も明示されています

例えば、帰化の要件となる「収入の安定性」については、どのような収入なのかの例示がありますし、「エストニア語の熟達度」については、学歴や試験等により評価されます。

同じく要件となる「エストニア共和国の憲法および市民権法の知識」についても、政府が実施する審査によって評価されることになります。


(6)日本の国籍制度への提言

エストニアから学ぶとすれば、日本の国籍制度へ次のような提言ができるでしょう。

1 憲法上で、国籍に伴う権利と義務(責任)をより明確にする
2 外国人市民や無国籍者の権利と義務についても明確にする
3 「安全保障・治安維持」の観点から、国籍法を見直す
4 日本国籍の取得や喪失等に関するデータベースを設置し政府の責任で管理する
5 日本国籍の取得や喪失等に関する手続の明確性・透明性を高める

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